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▲ファーストキス-2 ――第三幕『キスの、呪いか?』―― 愛子の店を出ると、眞一郎はすぐ左右を確認した。少しの離れた街灯の下で立っている 乃絵をすぐ見つけることができた。眞一郎は、早足で向かったが、乃絵が眞一郎が追いつ くのを待たずに歩き出したので、さらに足を急がせた。 「どこ、行くんだよ」 「防波堤」 「あそこか?」 「うん」 乃絵は、前を向いたまま答えた。 それから、眞一郎は、黙って、乃絵の後ろをついて歩いた。 乃絵の背格好は、半年前と変わりない。ただ、夏服で腕が露になっている分、少し小さ く見えたが、足取りは以前の数倍は力強いように感じられた。 乃絵も、ずっと黙っていた。さきほどまで愛子の店で気軽に話していたというのに……。 今の眞一郎と比呂美の間に、乃絵の入り込む隙間はなかった。乃絵もそれを実感してい ることだろう。なのに、眞一郎の心のどこかで、乃絵との一切の恋愛沙汰を拭いきれない のは、乃絵が比呂美とは違った大人びた部分を時折、自分に見せる所為かもしれないと眞 一郎は思った。 ……おれは、どうして、比呂美と乃絵とで接し方がこうも変わるのだろうか。 それは、おれにとってまずいことなのか? 比呂美にとってまずいことなのか? 眞一郎は、歩きながら、そういう疑問と格闘したが、頭がすっきりするような答えを導 き出せなかった。とりあえず、今は、乃絵に隙を作ってはいけないと考えた……決して信 用していないわけではなかったが。 やがて、ふたりは、交差点にさしかかった――。 比呂美がさきほど迷いからの脱却を図った場所。 そして、このふたりも、横断歩道を渡ったのだ。 比呂美は、海岸線の道をゆらゆらと進んでいた。全身を包む潮騒の律動に身を任せてい るという感じだった。夜は、海鳥たちの励ましの言葉も聞こえない。曇っていて、夜空に 語らう星たちも見えない。ただ、色のない、風と、海と、そして自分の足音が聞こえるだ けだった。 この海岸通りには、外灯が50メートルくらいの間隔で点々と灯っている。 比呂美が、寂びそう――とそれらに同情を向けても、愛情を返してくれるものは近くに 何もなかった。時折、脇をすり抜ける自動車さえも、比呂美には冷たく当たっているよう に感じられた。 交差点を渡ってからどれほど時間が経ったのだろう。冷静になって考えれば、簡単に弾 きだせるのだが、その答えを信じられなければ意味がなかった。 比呂美が見失った時間軸を引き寄せようといていると、前方の道路の海側に屋根付きの 小さい建物が目に入った。海岸線を走る路線バスの停留所だ。もうこの時間に、バスは走 ってない。あったとしても最終バスだけだろう。 やがて、比呂美はその停留所に辿り着くと、待合室の扉を開け、中に入った。そして、 心に溜まったガスを抜くように大きく鼻で息を吐くと、体の向きを180度変え、全身の 力を抜くようにベンチへすとんと腰を落とした。 室内では、潮騒の音が少し和らいだ。 さっきまでの音を一気に絞られて物足りなさを感じた比呂美は、スニーカーを少し滑ら せて、じゃりっと音を立てた――嫌な音だった。 ……さびしいよぉ。 眞一郎くんに、会いたい、会いたい、会いたい――会いたいっ…… 心の底から湧き起こる欲求に反応して比呂美の目に涙が溜まると、それは比呂美の頬を 伝わずに、一滴だけ、落下した。そして、それがコンクリートの床に達すると、ぴちっと 音を立てた。 ……もう、いやだ、いやだ、いやだ。 わたしが、わるい、わるい、わるい。 いするぎのえは、関係ない。 わたしが、わるいんだっ! 「思いっきり……泣いてやる……」 比呂美は、吐き捨てるように呟くと、顔を伏せ、肩を震わしだした。 目頭が急に炎のように熱くなり、堪えきれずに顔をしかめると、両頬に無数の涙が走っ た。そして、それらは顎の輪郭を辿って、顎先の一点に集まっていった。比呂美は、それ を右手の甲で拭って、口を付けた。淡いしょっぱさを感じた。 比呂美は、目の涙は拭わなかった。流れるだけ流れろといった感じに、目を少し開いて は閉じ、開いては閉じ、最後の一滴まで絞り出すようにその動作を繰り返した。 その度に、両頬に無数の涙の道ができた。 しばらくして、涙の噴き出す量が極端に落ちた。頬で繰り広げられてきた涙の狂乱劇も 終わりが近づいている。もういいだろう、もう充分だろう、帰る用意をしなければ。そう 思った比呂美は、大きく鼻で呼吸を繰り返した。 すーはー、とかすれた鼻息が室内にこだました。 やがて落ち着きを取り戻した比呂美は、お腹の筋肉の強張りを感じた。それに、目と、 頬と、顎もヒリヒリして冷たい。 比呂美は、ようやくジーパンのポケットからハンカチを取り出し、自分から溢れ出た情 動の跡を静かに拭った。でも、拭ってやりたくてもできないところがあった。 おもむろに、足元に目をやると、お茶をこぼしたような可愛らしい水溜りができていた。 先ほどまで、比呂美の中にあったもの――比呂美はそれを見て、ごめんね、と小さく謝っ た。 ……とにかく、眞一郎くんに謝ろう そして、今の気持ちを話そう なにも、くよくよすることなんかない…… 前向き思考に切り替えた比呂美は、勢いよく立ち上がり、待合室の外に出た。 そのとき、一台の車が、右から左へ通り過ぎた。 つられるようにヘッドライトの光を目で追うと、一瞬、二人の人影が目に入った。 目を凝らす。――若いだ男女だ。 こっちへ歩いてきている。もうすぐしたら、外灯の下を通過する。そこではっきりする。 比呂美は、無意識の内に少し後ろへ下がり、待合室の扉のそばに立った。 まもなく、二つの影が、明かりの中に突入する。 男と女。 学生服。 女は、よく知っているブルーのスカート。 麦端高校の制服。 あれは、石動乃絵。 そして……仲上眞一郎! 体の中に湧き起こる熱いものと同時に比呂美の唇が、細かく震えだした。 ……愛ちゃんの店で、会うんじゃなかったの? 帰りを送るにしたって、石動乃絵の家はこっちじゃない! 比呂美は、乃絵ではなく、眞一郎を睨みつけた。 そして、一歩前へ進むと、体をふたりへ向け仁王立ちになった。 ……わたしは、逃げない。 どういうことなのか、全部、吐かせてやる…… 唇の震えから両腕の震えへと拡大していった比呂美の体内の血流は速まった。 比呂美は、近づいてくるふたりに視線を縫いつけ、じっと待った。 比呂美と眞一郎たちの距離は、ちょうど50メートルを切ったところ。顔の表情は分か らなくても、ふたりの雰囲気が伺える距離だった。 よく目凝らして見ると、比呂美は意外なことに気づいた。ふたりが――眞一郎と乃絵が、 まったく会話をしていないことに。それは、比呂美には、とても想像しがたい光景だった。 ふたりに何があったんだろう――と比呂美が思いを巡らせていると、乃絵は、右腕を水 平に持ち上げ、海の方を指差した。ふたりは、突堤(とってい:海に突き出た格好の防波 堤)へ進路を変えた。そうなると、ふたりは比呂美の方へは来ないことになる。 道路から突堤に入るとすぐに下りの階段があるので、ふたりの姿は下の方へ移動してい き、道路の防波壁の影に隠れた。比呂美はすぐに防波壁に近づき、やや斜め下を見て、す ぐにふたりの姿を捉え直した。 ふたりは、突堤の先端に向かっている。やがて、到達して止まった。 道路から突堤の先端まで約50メートル。表情は分からないが、仕草がなんとなく分か る距離。比呂美は、突堤の根元までそろりと移動して、防波壁に身を隠した。 突堤の先端まで3メートルというところで、乃絵と眞一郎は向かい合った。乃絵が、先 端側に立っている。足を止めると、視覚ではっきりと捉えられない波の音が、四方から襲 いかかってきた。眞一郎は、それらに平衡感覚を狂わされ、黒い海へ引きずり込まれそう な錯覚に囚われた。そんな中でも、乃絵は、微動だにせず、踏ん張っていた。 眞一郎には、乃絵のその姿が、海を照らす灯台のように大きく、明るく見えた。 やがて、乃絵は、この世に別れを告げるみたいに話しだした。 「――わたしが、このことを知ったのは、たぶん、わたしに、あなたに話さなくてはいけ ない使命があるからだと思うの……」 「…………」 乃絵らしい切りだし方だな、と眞一郎は思った。 「西村先生から聞いたの、この話――。先生には、まだ、仲上君に教えるなっていわれた けど、わたしは、それは違うなと思ったの……だから……あなたに連絡したの。――聞く 覚悟はできてる?」 ……西村先生だって? その名前に首を傾げた眞一郎は、自分との接点を確認した。 西村先生というのは、眞一郎の所属するデザイン部の顧問で、父のヒロシと麦端高校の 同期であった人物である。比呂美の両親とも親しかったことを眞一郎は聞かされていた。 とういうことは、また兄妹疑惑のときのように親たちが絡んだ話なのか、と眞一郎は眉 間に皺を寄せた。 「そこまでいわれたら、もう後には戻れないだろ? おまえから電話があった時点で、も う、おれには選択の余地がなかったんじゃないのか?」 眞一郎は、少し強がってみせた。 それを感じた乃絵は、眞一郎の緊張を少しほぐすつもりで、こう返した。 「そうね……じゃあ、あなたへのお礼のつもりで話すわ」 「お礼……? ……ま、いっか。で、なんだよ?」 お礼の意味がよく分からなかったが、眞一郎はとりあえず、つづきを促した。 「ある建物のロビーにある絵を、ひとりで、見てほしいの。必ず、ひとりで」 「絵? ある建物って?」 眞一郎には、まだ、『ひとりで』というキーワードが心に引っかからなかった。 が、乃絵は構わずつづけた。 「町役場のとなりの建物。商工会館という建物だったと思うけど……」 「ああ~赤レンガのような壁の……」 この地域のほとんどの人が知っている場所で、駅へ向かう国道沿いにある建物だ。 「うん、その建物。そして……」 「ん?」 乃絵は、背中に背負った鞄を下ろし、胸の前で抱きかかえると、鞄の中から手紙らしき ものを取り出した。掌くらいの大きさの白っぽい封筒だった。 「その絵をみたら、この手紙を読んでほしいの」 といって、乃絵は、その手紙を眞一郎に手渡した。 「手紙って、西村先生の?」 乃絵は、首を横に振った。 「ちがう。これは、わたしが書いたの、先生から聞いた話を元に……」 乃絵は、急に黙ったが、次の言葉は用意している感じだった。眞一郎はそれを待った。 「そして……向き合ってほしいの、ひとりで。あなたのために……そして、湯浅比呂美の ために……」 「え?」 今度は、いきなり、『湯浅比呂美』という名前だ。 眞一郎は、キーワードを頭の中で並べてみた。 ……『西村先生』……『絵』……『手紙』……『湯浅比呂美』…… 西村先生――デザイン部の顧問で、父のヒロシと同期。つまりヒロシの学生時代の友人。 絵と手紙――乃絵が先生から聞いた話が、この手紙に書かれてある。絵の説明も含めて。 湯浅比呂美――比呂美と西村先生の間に直接的な接点はないはず。 比呂美の両親と関係があるというのか? 出生の秘密が本当にあったとか……そう考えると眞一郎の鼓動が高鳴った。 嫌な過去を思い出して顔をしかめた眞一郎は、逃げ出したい気持ちになったが、それを 察知した乃絵は、すぐ先回りして、言葉で釘を刺した。 「逃げないでね」 「待て、どうして比呂美が出てくるんだよ」 眞一郎は、先を見透かしたようなことをいう乃絵に食ってかかったが、乃絵は、 「とにかく、絵を見てからよ。わたしからの大事な話はこれでお終い」 といって、ぴしゃりと終了宣言をした。 「…………」 つまり、スタートラインに立て、ということなのだろうか、と眞一郎は思った。 「ここからは、もう、あなた自身の問題」 「問題って……」 戸惑いを隠せない眞一郎。それもそのはず、比呂美と兄妹かもしれないという疑惑に、 比呂美と共に追い詰められたことのある眞一郎にとって、両親の若かりし頃の話は、ある 種のトラウマになっていた。 急に塞ぎこんでしまった眞一郎。 そんな眞一郎に、このまま話を終わらせるのはまずいと感じた乃絵は、さらに用意して いた言葉を眞一郎に話すことにした。 「いいわ、少しサービスして教えてあげる」 「…………」 眞一郎は、目だけ乃絵に向けた。 「あなたと湯浅比呂美は、もう、恋愛から一歩進んだ関係になりつつある。だから、あな たにとって、湯浅比呂美という存在が、ときには重荷になり、ときには逃げ道になる。だ から今、あなたは、ひとりで、このことを受け止めなくてはいけない。わたしは、そう思 うの。わたしが、ひとりで失恋から立ち直ろうとしたように……」 眞一郎は、乃絵を真っ直ぐに見た。 『恋愛から一歩進んだ関係』 『湯浅比呂美』 『ひとりで』 『失恋から立ち直ろうとしたように』 頭の中で繰り返される乃絵の言葉。 それは、つまり……。 ……『西村先生』+『絵』+『手紙』は、『親父』に関係したこと? ……『湯浅比呂美』は、『結婚』ということ? 眞一郎は、そう直感した。 「いいたいことは、なんとなく分かったよ」 「……うん……」 乃絵は、小さく頷き、優しく微笑んだ。 ――坊波壁の影で。 ここまでの二人のやりとりは、比呂美の位置からでは、まるで分からなかった―― 「ねぇ?」 「ん?」 乃絵は、いつもの無邪気な調子で話を変えた。 「西村先生っておもしろい人だよね」 眞一郎の脳裏に、メガネをかけ、頭が海坊主のようにつるつるに禿げた中年男の像が浮 かび上がった。 「そうか……顧問の先生、一緒だったよな。おまえ、演劇部に入ってんだろ?」 「うん。来月ね、お芝居するの」 「へ~おまえも出るのか?」 「うん」 今年の三月、乃絵は、演劇部に入部した。まだ足は完治していなかったが、西村先生が、 傷心から抜け出せない乃絵を励まそうと画策したのだった。何か打ち込めるものがあれば、 立ち直りも早いだろうと。眞一郎がその話を西村先生から聞いたのは、四月になってから のことだった。それで、また眞一郎と乃絵の接点が、増えることになったが……今のとこ ろ、悪い方には転んでいなかった。 「どんな芝居? たぶん、おれも舞台美術で駆り出されると思うんだけど、まだデザイン 部には大道具の話が来てないな~」 演劇部の舞台セットは、顧問が同じということもあって、デザイン部がほとんど担当し ていた。眞一郎もことあるごとにそれに携わった。 「ようやく脚本が上がったから。……へへ、キスをテーマにした話……」 乃絵は、途中で照れくさそうに笑った。 「キス?」 と眞一郎の声は、裏返った。 「そう、キス」 乃絵はそういうと、目をぱちくりと開いて、眞一郎に一歩近づいた。 眞一郎は、思わず上体を反らし、顔をしかめたが、たった今珍しく照れくさそうに笑っ た乃絵に、ある想像をしてしまった。 「キスって、まさか、するの?」 「そりゃ~するよっ。でもね、女の子同士しか、しないから」 「ええ~」 マジかよ~と眞一郎は、嘆きの声を上げた。女の子同士の恋愛の劇なんかを学校でやっ ていいのかと反対論者のように心配していると、乃絵は、すぐさま、眞一郎の想像を健全 な方へと導いた。 「そのね、そういう話じゃないけど、女の子が男の子役もするの。演じるのは、みんな女 子っていうだけ」 「そりゃそうだろう。下手すれば停学になるぞ」 演劇部に男子部員がいないことを知っていた眞一郎は、まあ、そんなことだろうな、と 吐き捨てるようにいった。 「ねぇ?」 「ん?」 こんど、乃絵の口調は、恋人に話しかけるような甘い調子に変わった。 眞一郎は、すぐ気を引き締めた。 「最初のキスって、どんなだった? 参考までに聞かせて」 乃絵は、眞一郎の両腕をつかんで、顔を近づけた。 「な、なんで、おまえにそんなこと教えなきゃいけないんだよ」 眞一郎はそういうと、すぐ乃絵の両手を振りほどいて冷たくあしらった。 「あら、さっき、あ~んな大事なことを教えてあげたのに、キスの話くらい、いいじゃな い。それだけでもまだ釣り合わないわ」 と、手を広げて目を輝かせる乃絵に、「ええ~そんなバカな」と眞一郎は嘆いた。 不満たっぷりな眞一郎にふてくされた乃絵は、容赦なく、核心に迫った。 「ねぇ~ねぇ~湯浅比呂美とのキスは、どんなだった?」 「あっ……」 乃絵の口からまた『湯浅比呂美』という名前が飛び出してきて、眞一郎の思考は、思わ ず止まってしまった。 眞一郎の最初のキスは、愛子――。乃絵は、自分を踏み台にして比呂美と交際を始めた 眞一郎の初めてのキスの相手は、当然、比呂美――だと思っている。自分に面と向かって、 憎たらしくも「比呂美が好きだ」と告白したのだから、そう思わないと、あの三角関係は なんだったのだ、ということになる。乃絵がそう思い込んでも仕方がなかった。 つまり、眞一郎は、ウソをつくか否かの瀬戸際に立たされたのだ。 眞一郎は、しばらく黙った。口が開けなかった。そして、そのことに、しまった、と思 い、乃絵から顔を背けたが一歩遅かった。。 「なに?」 乃絵は、眞一郎の変な態度に、目を丸くした。 「いや、そ、そうだな~」 眞一郎は、とにかく、比呂美とのキスを思い返すフリを精一杯するが……。 「もしかして……」 乃絵は、もう、眞一郎のウソを感じていた。 「え~と、比呂美とは……」 「湯浅比呂美じゃないの?」 乃絵が眞一郎の言葉をさえぎると、眞一郎は、声を荒げて、 「なに言ってるんだよ、比呂美とだよ」 と乃絵の疑念を吹き飛ばそうとしたが。 「ウソ! 嘘、言わないで!」 乃絵も、叫びした。 乃絵を一度深く傷つけてしまった眞一郎にとって、乃絵のこの言葉は、いわせてはいけ ないものだった。眞一郎は、凍りついた。 「…………」 万事休すだった。 乃絵に見抜かれてしまっては、もう眞一郎にはどうすることもできないのだった。 ――坊波壁の影で。 比呂美には、「ウソ!」という言葉だけ届いた―― やがて、逆に、乃絵の方が思い詰めたような顔になった。 「湯浅比呂美は、知っているの? このこと……」 「……いや」 乃絵は、眞一郎の返事を聞くと、目を固く閉じて、とても切ない表情をし、首を小さく 横に振った。そして、目をゆっくり開いて……。 「それじゃ、あなたとのキスを初めてって思ってるかもしれないってこと?」 「……たぶん」 乃絵の顔が、段々と怒りに満ちてくる。 「あなた、それ、裏切りだわ」 「裏切りって……」 「……どうして、好きな人に、そんな、酷いことができるの?」 この言葉は、もう眞一郎へ向けられていなかった。自分の中で反芻している感じだった。 乃絵の顔は、やがて絶望に変化していって、乃絵は眞一郎に事の真相を問うた。 「だれなの?」 「…………」 眞一郎は、乃絵から顔を背けていた。 その態度に、乃絵は語気を強め、繰り返し問うた。 「だれなの? 初めての相手」 乃絵はそういうと、眞一郎の顔を自分に向かせた。 怒りと絶望が入り交じったような乃絵の顔。その表情は、眞一郎に、木から飛び降りて 骨折した直後の乃絵を思い起こさせた。また、こんな顔をさせるなんて――と眞一郎の胸 はぎゅっと締め付けられ、乃絵からこの表情を取り去るには、自分が正直に話す以外ない と眞一郎は思った。その気持ちが、眞一郎の口を動かした。 「……愛ちゃん」 乃絵は、予想外、といった感じに目を大きく瞬かせた。 「……愛子さん……本当なの?」 「あぁ……」 眞一郎は、首を横にひねり、吐き捨てるように返事をした。 「…………愛子さん、踊りの稽古を見にいったときに、話してくれたことがあったの。眞 一郎のことがずっと好きだったって……それで…………」 「…………」 眞一郎は、――もう、その頃は、キスしたあとだったんだよ――といいかけたが止めた。 「仲上君、あなた、愛子さんの気持ち知ってたの?」 「……いきなり……キスされて……知ったんだ」 「いきなり?」 乃絵は、眉間にしわを寄せ、首を少し傾げた。 「……乃絵が好きだ、とおまえに告白した日、帰りに愛ちゃんの店に寄って、そこで…… 乃絵と付き合うことになったっていったら、急に……」 「こんな風にされたんだ……」 乃絵はそういうと、眞一郎に体を寄せて胸の高さまであるコンクリートの壁に眞一郎を 押し付け、眞一郎の頭の後ろに両手を回した。 「あっ、おまえっ!」 眞一郎はもう仰け反ることもできず、眞一郎の唇は、すぐに乃絵の唇に捕らえられた。 乃絵の腕にさらに力がこもり、眞一郎は、自分に顔を合わせている乃絵を簡単に引き剥 がすことができなかった。 ――坊波壁の影で。 比呂美には、これが、キスをしている光景にしか見えなかった―― 「おまえ、なにすんだよ!」 乃絵の力が緩まると、眞一郎は乃絵を軽く突き飛ばして、物凄い形相で睨みつけた。 「あなたに、そんな顔をする資格はないわ。でも、今のキスで許してあげる。忘れなさい。 それから、湯浅比呂美にちゃんと話、することね」 乃絵は、眞一郎の表情など物ともせず、眞一郎にそう忠告した。 「…………」 眞一郎の激昂は治まる気配を見せなかった。 再び乃絵にウソをつこうとしたり、乃絵との交際をスタートさせた直後に別の女の子と キスをしたりと、乃絵に対して怒るというよりもむしろ罪悪感を感じなければいけないと いうのに、乃絵とのキスに未だ自分に対する執着みたいなものを感じた眞一郎は、乃絵の 行為を簡単に受け入れることができなかった。 眞一郎の態度に一歩も引く気を見せない乃絵は、さらに眞一郎を追い詰める言葉を浴び せた。 「湯浅比呂美は、一生、許さないかもね。……あの子は、そういう女よ……」 乃絵は、そういい放つと、じゃ、と短く発して、道路の方へ駆け出した。 眞一郎は、乃絵の浴びせた言葉に、一歩も動くことができなかった。 この言葉が、心深くに刺さってしまって。 ……一生、許さない…… 乃絵から渡された手紙は、眞一郎の手の中でくしゃくしゃに握りつぶされていた。 乃絵の足音は、徐々に小さくなり、やがて聞こえなくなった。 眞一郎は、その場に立ちつくし、漆黒の海に、愛子、比呂美、乃絵とのキスを映し出し た。 愛子の店で、カウンターに押し付けられて、キスをされる自分。 あの砂浜で、比呂美の吸い込まれるような瞳に体を縛られ、キスをされる自分。 そして、この防波堤で、自らの罪の罰として、キスをされる自分。 自分を想ってくれたこの三人の女性との初めてのキスは、すべて、奪われたものになっ てしまったのだ。 滑稽だった、自分というものが……。 一度あることは、二度ある? 三度あったら、なに? 「くっそー、キスの、呪いか?」 眞一郎は、顔を天へ向け、自分の男としての不甲斐なさを嘆いた。 ▼ファーストキス-4
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「トゥルー・ティアーズ・アフター ~春雷~」 true tears after ―rumble in their hearts― ――『目次』―― 序幕 『そんなのいや』(湯浅比呂美) 第一幕『どうする?』(仲上眞一郎) 第二幕『私を守ってね』(湯浅比呂美) 第三幕『戻ってこないか?』(仲上眞一郎) 第四幕『こっちを向きなさい』(仲上寛) 第五幕『幸せをひとつひとつ』(湯浅比呂美) 第六幕『男の子でしょ?』(湯浅比呂美) 第七幕『あなたの大切って、なに?』(湯浅比呂美) 終幕 『背中をポンポンしてくれて』(湯浅比呂美) ――『予告文』―― ようやく春が訪れ、眞一郎と比呂美は ちょっとずつお互いの距離を縮めていっていた。 そんな中、あることを切欠に二人の間に波風が立つことになる。 比呂美を傷つけないと、自分に言い聞かせる眞一郎。 乃絵の笑顔のチカラに、心がざわめく比呂美。 母親として、比呂美を叱りつける理恵子。 比呂美に優しい眼差しを送るヒロシ。 「わたしたち、恋人ごっこの、ままだわ」 眞一郎と比呂美が、お互いの絆を深めるために取った行動とは。 「トゥルー・ティアーズ・アフター ~春雷~」 本編のその後を描いた、こころ温まる物語。 ……あなたの大切って、なに? ――序幕 『そんなのいや』―― 4月に入ったある土曜日、陽も大分傾いた午後。 体育館の勝手口の階段に腰掛け、オレンジ色を基調としたユニホームを身にまとった少 女が、携帯でメールを打っていた。背番号は『6』 ……………………。 『件名:プレゼント もうすぐ誕生日ね プレゼント何がいい? 高いものは買って あげられないけど…』 ……………………。 『件名:Re:プレゼント そんな何でもいいよ 気持ちだけで充分うれしい』 少女の目が、一瞬だけ曇る。 『件名:Re:プレゼント そんなのいや ちゃんとリクエストして』 ……………………。 『件名:Re:プレゼント 目覚まし時計とか』 ……………………。 『件名:Re:プレゼント それにするね それと誕生日に 二人でケーキ 食べようね それじゃ』 ……………………。 『件名:Re:プレゼント ありがとう 楽しみにしてる』 「よし!」 携帯電話を折りたたむ音が心地よく響く。 重力をまるで感じさせない身軽さで、勢いよく少女は立ち上がると、体育館の中へ消え ていった。春の日差しのような何か暖かいものをそこに残して……。 彼女の想い人、『仲上眞一郎』の誕生日はもうすぐ。 『4月16日』だった。 ――第一幕『どうする?』―― 麦端高校では、すでに入学式が過ぎ、校内はクラブ活動の新入生勧誘合戦に祭りのよう な賑わいを見せていた。もともと中高一貫校なので、新入生のほとんどは中学のときのク ラブを続けるのだが、制服が替わるのを契機にそれを覆そうと、クラブ転向合戦に熱くな るのが麦端の伝統となっていた。 二年生となった『湯浅比呂美』はその転向合戦の主戦場で忙しい毎日を送っていた。す でに副キャプテンに任命されており、今年の夏のインターハイ(高校総体)で、三年生が 引退すると、キャプテンになることが確定していた。 そこで、男子のみならず女子にも熱烈なファンを持つ『優等生・比呂美』を武器に攻防 を繰り広げてはいたが、現実はかなり厳しいものだった。 一方『仲上眞一郎』は、『デザイン部』に籍を置いていた。 麦端高校で、絵心のある者が集まるところといえば、『美術部』と『デザイン部』しか 存在しないのだが、美術部へ見学に行った時、真面目に油絵等を描いている者はいたもの の、三分の二くらいの部員が、いわゆる『オタク化』しており、速攻でパスしたのだ。次 に、あまり期待をせずに見学に行ったデザイン部は、グラフィック・アート(文字・線・ 絵・写真などの美術)というよりは、造形創作を主体としたクラブ活動で、演劇部や写真 部などとの連携の多いところだった。演劇の舞台装置、衣装やきぐるみ、看板やオブジェ などを制作する活動内容は、図工を得意とする眞一郎にとって、大変魅力的なものだった。 さらに、、顧問が父のヒロシと同期という驚きもあったが、文化祭と体育祭以外は基本 的にまったりなクラブだった。 さて、数ヶ月前、全校生徒が注目していた『恋の三角関係』の二つの頂点であった眞一 郎と比呂美は、『あの竹林』の告白の後、交際を始めていたものの、学校では、特に目立 った感じではなかった。親友の朋与と三代吉にはすぐに打ち明けたものの、乃絵の入院の 事情を説明して、学校では自分らを冷やかしたりしないように強くお願いをしていた。 乃絵が学校へ復帰すると、生徒達は、『恋のバトル』の続きを固唾を呑んで期待したが、 いっこうに始まらなかったので、事の『終焉』を悟った。やがて、二人の『恋の関係』は、 音を立てずに静かに広がっていったが、学校でまるで『甘いムード』を漂わせない二人に 半ば白けていた。 そもそも『高二』という時期は、他人のことよりも自分の『恋の物語』で精一杯。 学校の外では二人はどうだったか――。 眞一郎は、告白の後、比呂美のことを『一人の女性』として大切にしていこう、という 気持ちをさらに強くしてた。それは、比呂美の存在する空間も含めての事だった。 この比呂美の『存在する空間』も大切にしようというのは、男女交際の先輩である愛子 と三代吉の普段のやり取りが、少なからず影響していた。愛子の店で、呆れるくらい仲良 く談笑する愛子と三代吉だったが、時折、険悪のムードになることがあった。その理由を 考えて導き出した結論が…… 『女性のプライベートの空間は、男性がそう易々と踏み込んではいけない』 ということで、比呂美と間近に生活したことのある眞一郎は、かなり神経を使うようにな っていった。比呂美に対して思い当たるシーンがいくつもあったのだ。 それでも、当然のことながら一緒に居る時間を増やしたかった眞一郎は、逆に自分の部 屋に比呂美を多く招くようにしていた。もともと比呂美は、仲上酒店をよく手伝い、その まま夕食を取ることが多かったので、気兼ねなく誘え、一緒に宿題をしたりと、二人にと っては最善策のようだった。そんなふたりを、親の『ヒロシ』と『理恵子』は、何も言わ ずに安心して見守っていた。 そうして、一日一日ちょっとずつ順調にお互いの距離を縮めていた中、眞一郎の誕生日 での『ある事』を切欠にして、二人の間に波風が立つことになった。 二人の関係を強くするための試練が、やって来たのだ。 誕生日を控え、ここ数日間、眞一郎は、無意識の内にそわそわしていた。あまり見せな い眞一郎のそんな様子に水を差したのは、やはりこの人だった。 誕生日の前日、朝食の時に、母・理恵子は、前触れもなく提案してきたのだ。いや、決 定事項を告げたと言った方が正しいかもしれない。 「眞ちゃん、明日……比呂美ちゃん連れてきてちょうだい。あなたの『誕生日』でしょ う?」 「ぅぐ!」 ちょうどご飯を飲み込もうとしていた時のことで、眞一郎は喉を詰まらせそうになる。 理恵子は、そんな様子を気にもせず、愉快そうに続けた。 「一緒にケーキ食べましょうって。もう頼んであるのよぉ」 「えぇッ」 反射的に不満を漏らした眞一郎は、『しまった』と思った。 「なんなの、その顔ぉ」 「いやぁ……そのぉ……」 「ふふ、比呂美ちゃんと約束でもしてたの?」 「……まぁ」 照れくさそうにしていると、理恵子は急に神妙な顔になった。 「まったくこの子は……親に内緒で何やってるんだか。去年は、比呂美のこともあって、 祝ってあげられなかったでしょう?」 「でもぉ……母さん」 眞一郎は、手を止め、去年の誕生日に何もしなかったことを言おうとする。 「比呂美ちゃんの『誕生日』もちゃんとしてあげるわよ。親の楽しみを奪わないでちょう だい」 理恵子のこの言葉。 ……比呂美ちゃんの誕生日もちゃんとしてあげるわよ…… 眞一郎は、『6月3日』の比呂美の誕生日のことだと思ったが、理恵子には『別の意 味』があった。 「でも、比呂美が……」 ……比呂美は大丈夫だろうか…… 比呂美を仲上家で預るようになってから、仲上家では親子の関係を見せつけるようなイ ベントは控えていた。その最たるものが『お誕生会』で、去年、眞一郎と比呂美の『お誕 生会』は仲上家で行われていない。 理恵子が何故、前日になって、仲上家で『お誕生会』をすると言い出したのかは、よく 分からないが、『お誕生会』を封印することは、比呂美にとって先々よくない事だと眞一 郎は感じていた。 ……今の比呂美に、どう映るのだろうか、『お誕生会』の光景が…… それに、眞一郎には、比呂美の内面についてまだ知らないことがありすぎるのだ。両親 が亡くなってまだ二年も経っていない。そう簡単に強くなれるんだろうか――そんな心配 が広がった。 理恵子は、そういう『心配や恐れ』を抱く眞一郎を、痛いほど察知していた。 「それじゃ、母さんから比呂美にお願いしようかしら? あの娘ォ、断れないわよ」 と、意地悪っぽく言う。 「わ、わかったよ。伝えておく」 『二人きりの誕生日』に浮かれていた眞一郎だったが、比呂美の内面の状態を量るチャン スだと思った。眞一郎はそう返事し、学校へ行った。 理恵子は、ヒロシの湯呑みに新しくお茶をそそぎ、新聞を掲げて空気と化していたヒロ シに声をかけた。 「これで、いいわよね?」 「……あぁ」 ヒロシは微動だにしない。 「……もぅ」 理恵子は、ヒロシに何か言って欲しかったのだろう、苦笑いしながら軽く不満を漏らし た。 放課後、眞一郎と比呂美は、体育館の勝手口のところで、朝の『理恵子の提案』につい て話していた。 「えっ、おばさんが?」 「どうする?」 「どうするって……」 言葉が止まりしばらく考える比呂美。 「おばさん、私に気を遣ってるんだよぉ」 その通りなのだが、眞一郎は敢えて自分の考えをを口にしない。 「気を? いや~からかってるだけのような……」 「もう、わかってないな~眞一郎くんは。去年は私の両親が亡くなって間もなかったから、 眞一郎くんの誕生日、何もしなかったんだと思う。この先、誕生日に何もしなくなると、 私がどんどん負い目を感じるからって、一緒にやりましょうって言い出したんだと思う の」 比呂美がひょうひょうとそう返してきて、眞一郎は少しほっとしたが……。 「そうかなぁ……」 「そうだよ。それに、一緒の方が私としても、うれしいしぃ……」 少し遠くを見るような目で比呂美はそう言った。 「ぇ?」 眞一郎がそんな比呂美の様子に少し困惑していると、比呂美はニヤッと笑って眞一郎の 顔を覗き込んだ。 「ふたりっきりに、なれないけどね」 「どっちがいいんだよ」 ……どっちがいいんだよ。両親と一緒に祝うのと、ふたりきりで祝うのと…… 眞一郎は少し照れてプイッと横を向くと、その照れた様子を見て冷やかしネタを思いつ いた朋与が近づいて来た。 「なぁになにぃ、『家族計画』について相談?」 「朋与ォッ!!」 「ぬははははは、練習始まるよー」 朋与は、身を翻して比呂美の攻撃レンジから離れていった。 結局、明日は『仲上家』で眞一郎の誕生日を祝うことになった。 眞一郎の誕生日を、眞一郎の両親を一緒に祝うのと、ふたりきりで祝うのと――比呂美 はどちらでもいいと思っていた。 比呂美自身も気になってはいた。眞一郎の誕生日が近づくにつれ、『今年は』どうする のだろうと。 比呂美と理恵子の関係は、現在、たいぶ打ち解けたものになっていた。仲上の家の台所 で二人が一緒になると、弁当に『バナナ』を付けないで欲しいとか、もう少し『かわいい 下着』を身に着けなさいなど、お互いに意見をぶつけ合っていた。 それなので、理恵子の提案は、比呂美にとって予想済みだった。 しかし、『お誕生会』のことよりも、別のことの方が気になっていた。眞一郎自身のこ とが……。 その夜、比呂美は、自室で眞一郎へのプレゼントを準備をしていた。 先日、街まで買いに行った『目覚まし時計』の包装紙を丁寧に剥がした。そして、別に 用意したダンボール紙を『時計』の梱包箱の底面と同じ大きさに切り、中央をくり抜いた。 そのカットしたダンボール紙を梱包箱の底面にのりで軽く接着させ、くり抜いた部分に、 小さなアクセサリーの付いた『鍵』を収めた。 次に、新しい包装紙を手ごろな大きさに切り、その『鍵』と一緒に『時計』の箱を新し く包装し直した。 途中、何回か『鍵』が飛び出していないことを確認する。包装紙を剥がすと『鍵』がこ ぼれる仕組みに何故かしたかったのだった。 今度は、『メッセージカード』を書き始めた。しばらく空中を見つめ内容を考える。や がて四行ほど書き記すとそのカードを、カードとセットになっている封筒に入れ、『時 計』の箱の天面に置き、リボンを掛けた。 それらを紙袋にそっと収め、ハート型のシールで封をした。 比呂美は、しばらくの間、眞一郎へのプレゼントをじっと見つめていた。 そして、こう呟いた。 「わたしを……守って……かぁ……」 『カレ』に送るこの『メッセージカード』と『鍵』は、皮肉にも、想い合うふたりの『波 乱』のトリガーとなるのだった。
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「んん…… ねぇ、上になるから……」 正常位で組み敷かれていた比呂美は、前後運動をつづける眞一郎を一旦押し留めた。 「あんまり……感じないか?」 「ううん、違うの。 何ていうか……いろいろステップアップしたいなぁって」 乱れた呼吸を整えながら、比呂美は上体を起こした眞一郎に追随する。 俗に言う《対面座位》の形で濃厚なキスを交わしてから、そのまま体重を掛けていくと、 二人の位置は《正常位》とは真逆の《騎乗位》に収まった。 「この体位のときはねぇ、上下じゃなくて、前後に動くといいんだって……」 囁くやいなや、比呂美は陰茎を膣肉で深々と咥え込んだまま、言葉どおりの動きをしてみせる。 くい、くい、と腰をいやらしく振ると、恥骨同士が擦れ合い、陰毛が絡まるシャリッという音がした。 「うぁっ」 新しい体位が生む圧力が心地良かったのか、眞一郎の喉が低く鳴る。 「なんで……くっ! ……こんな事、知ってるんだよ」 「んん……あん…… お、教えない…… はぁん……」 眞一郎のささやかな抗議は、二人が発する嬌声の波に呑み込まれていく。 「んっ、んっ…… くふっ…… んんんっ!!」 「はっ、はっ、はっ…… くぅぅ…」 味わう快楽が堪えられない恋人たちの声と、結合部から生み出される粘着質な音が響き、 永遠とも一瞬とも思える淫靡な時間が、比呂美の部屋の上層を満たしていった…… ………… ※ 「伝説??」 「そう。 伝説だって」 比呂美がそんな単語を口にしたのは、結合を解き、それぞれに陰部の後始末をしている時だった。 なんでも、麦端地区の中高生のあいだで、妙な告白の仕方が流行っているらしい。 「海岸通りの坂道を全力で駆け下りて、丁字路を曲がったところで想いを告げると……」 「おい、ちょっと待て。 それって…まさか……」 その《まさか》だった。 どこからどう話が伝播したのか分からないが、『あの時』の二人の思い出が、 麦端の町に新たな『恋愛成就』の伝説を生み出してしまったらしい。 「どう…しようか?」 困ったフリをしながら、実は比呂美が内心で喜んでいるのは明らかだった。 (なにが嬉しいんだよ。そんなの恥ずかしいだけじゃないか、まったく……) 比呂美のことを一番理解しているつもりの眞一郎ではあったが、 時折、『女』はやはり別種なのだと実感することがある。 はぁ、と大きく溜息をつき、やれやれと眞一郎は肩をすくめたが…… これが不味かった。 「…………なに? 不満なの?」 トーンの落ちた比呂美の声が眞一郎の耳朶を突き刺して、彼女の心が瞬時に曇ったことを知らせる。 しまった、と眞一郎は内心焦ったが、もう遅かった。 比呂美はぷいと顔を背けると、ロフト用のゴミ箱にティッシュを放り込んでから、全裸のまま階段を降りていく。 「な、なんだよ。怒るようなことかよ」 心の中で《冷静な眞一郎》が「謝ってしまえ」と忠告をしたが、 眞一郎は少し意地になって、階下の比呂美に抵抗を試みた。 ……だが…… 「いつまで裸でいる気? さっさと降りて着替えて」 刺々しくも爽やかな声に引き込まれて下を覗いてみると、比呂美は既に服を身に着け、外出の準備を整えていた。 (は、早っ! ……やっぱ比呂美って凄ぇ~) 感心している眞一郎に、更なる言葉の鞭が飛ぶ。 「私、夕飯の準備を手伝わなきゃいけないんだから、早くしてっ!」 「お……おう」 気の抜けた返答を聞きたくないのか、比呂美は一人で部屋を出て行く。 眞一郎はロフトを降りると、脱ぎ散らかした服を慌てて着込み、その後を追った。 眞一郎が部屋に来たのは正午の少し前。 昼食と勉強、そして《ご褒美》を済ませても、空はまだ蒼い時間帯だった。 比呂美は小さな靄を心に抱えながら、海岸通りにつづく竹林を抜けていく。 そろそろ眞一郎が追いついてきても良さそうな頃だったが、背後に彼の気配は感じなかった。 (なにしてるのよ、もう!) ……苛立ちが増していく。 そのきっかけを眞一郎は「怒るようなことか」と軽く言ったが、比呂美はそうは思わなかった。 あの時の記憶は、子供の頃の『祭りの想い出』と同じ重さを持っている。 少なくとも湯浅比呂美にとっては、生まれ変わっても忘れたくない…大切な…大切なものだ。 (なによ…… 迷惑そうな顔してさ) この場に黒部朋与がいたなら、「恥ずかしがってんのよ。男なんてそんなもんだって」などと嘯いたかもしれないが、 今、この場には、比呂美の不安を払拭してくれる者は誰もいない。 ……もし、あの出来事が眞一郎の中では《たいした意味の無いこと》だったとしたら…… ……そんな不安が胸の奥で渦を巻いていく…… ………… (……あぁ…私ってホント、嫌な性格……) 仲上の家に着くまでに眉間のシワはとれるだろうか、などと考えながら歩いていると、急に目の前が開けた。 竹のカーテンが終わりを告げ、海沿いの強い日差しが瞼に差し込んでくる。 比呂美は後ろを振り返り、眞一郎の影を捜したが、やはり彼がやってくる様子はなかった。 「…………」 待つことはせず、直角に道を曲がって海岸通りを進む。 しばらく歩くと、比呂美は例の丁字路近くにたどり着いた。 (…………あれ?) 残雪が積み上げられた歩道に、人影が見える。 二十メートルほど先に、こちらへ背を向ける形で、同年代の少女が何かを待つように立っていた。 (あ、もしかして) 状況を理解した比呂美の脚が止まる。 伝説だ。 あの子は伝説を実践しようとしているのだ。 麦端の生徒だろうか? 蛍川……それとも古城高校? 決定的な瞬間を目撃するかもしれない、という高揚からか、比呂美の脳内をどうでもいい思考が駆け巡る。 (! 来た) 遠くから聞こえてくる「うおおおおぉぉ!!」という雄叫び。 少女と同じ年頃の少年が、眞一郎が自転車で疾走してきた坂を全速力で駆け下りてくる。 丁字路を減速せずに曲がりきり、少女の手前、約五メートルのところで立ち止まると、 彼は後方で立ち尽くしている比呂美の存在を無視して、大きな声を張り上げた。 「お、俺と……付き合ってくれええぇぇっ!!!」 絶叫が響き渡り、音の波紋が空に吸い込まれて消えていく。 (……すごい……) 《伝説》を目の当たりにした比呂美は、身体が固まって動けなかった。 そして一拍の後、比呂美の耳朶を打つ、ザッという雪を蹴る音。 それは告白の消失を追いかけるように駆け出していた、少女の軽やかな足音だった。 比呂美のように足を滑らせることもなく、彼女は少年の胸に飛び込み、内に秘めた《答え》を彼に伝える。 想いを伝え逢い、しっかりと抱き合う二人の姿は、まさに《海岸通りの伝説》そのものであった。 ………… 「良かったな」 「! ……眞一郎くん」 いつの間に追いついたのか、突然、真横で発せられた眞一郎の声に、比呂美は驚いた。 それは少し離れたところで寄り添う、生まれたての恋人たちも同様だったらしい。 揃ってキョトンとした表情をこちらに向けた少年と少女は、すぐに顔を赤らめて俯いてしまった。 「あ…あの…… ごめんなさい。覗き見するつもりじゃなかったんだけど……」 大切な想い出に傷をつけてしまったのではないか、と狼狽する比呂美をよそに、 眞一郎は清々しい顔で、二人に向かって「おめでとう」と祝福を告げる。 (ばかっ! なに言ってるのよ) ……空気を読まないその言葉を聞いて、恋人たちは怒り出すのではないか…… そう比呂美は心配になったが、この世の幸せを独占している二人には、どんな事象もハッピーと感じられるらしい。 頬を朱に染めながら、とても素直に「ありがとう」と返した少年は、少女の手を取ると、 眞一郎の横をすり抜けて、比呂美たちがやってきた方向へと、手と手を握り合いながら去って行った。 伝説の元凶が自分たちだとバレてはいないことに安堵したのか、 眞一郎は「ホントは抱きつくんじゃなくて、ラリアートをかますのが正解なんだけどな」と笑いを堪えながら呟いた。 その憎まれ口が照れ隠しであることは分かっていたが、比呂美は反射的に抗議の声を上げてしまう。 「あ、あれはっ! ……雪で滑っちゃったんだから……しょうがないじゃないっ!!」 ……私だって抱きつきたかった…… さっきの二人みたいに、普通の告白をされて…… そして素直な気持ちを返したかった…… 「……なによ……」 顔を背けた比呂美の前歯が、軽く下唇を噛むのが目に入り、眞一郎は冗談が過ぎたことを反省をした。 (そうだな…… あの時はまだ、俺がちゃんとしてなかったから……) 比呂美が転んだのが悪いんじゃない。 受けとめることが出来なかった、自分の方に非があるのだ。 だが、あの時はあれで良かったのだと、眞一郎は思う。 あの出来事……比呂美を受けとめられない自分を自覚できたからこそ、今の仲上眞一郎がいるのだ。 (でも、もうあの時とは違うぞ。いつだって、俺は比呂美を……) しっかりと受けとめてやれる。 胸を張って抱き締めてやれるんだ。 そう思った瞬間、比呂美とは違う二人の少女の顔が脳裏に浮かび上がった。 眞一郎の気持ちを後押しするように、『やりたいように、やってみれば?』と幻影が囁いてくる。 「そうだな」と眞一郎は口中に一人ごち、頬を緩ませた。 「比呂美。少しここで待ってろ」 俯いて立ち尽くしている比呂美の肩に手を置くと、眞一郎は力強く告げる。 「え…… なんで?」 比呂美の口から零れた疑問には答えずに、眞一郎は前に向かって走り出した。 速い、とはお世辞にもいえない。 スピードは平均的男子高校生以下……かもしれない。 だが眞一郎は、自分の持つ全ての力を出し切って、丁字路を曲がり、坂道を駆け上がって行く。 (ちょっと… まさか……) 何をしようとしているのかは、もはや一目瞭然だった。 (もう一度……あの時みたいに……) 比呂美の予想どおり、眞一郎は坂の頂にたどり着くと、 振り返って大きく深呼吸をしてから、今度は全速力で坂を駆け下りてくる。 「比呂美いいいいい!!!」 眞一郎の腹の底から搾り出された叫びが、あたり一面に響き渡った。 眞一郎から見て、反対側の歩道を歩いていた見知らぬお婆さんが、大声に驚いて立ち止まる。 その様子がハッキリと目に入り、比呂美の顔は羞恥でりんごのように真っ赤になった。 (馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿っ! なに考えてるのよっ!!) 胸中でそう叫びながらも、比呂美は予感していた。 ……心の中の小さな欠落……それが埋まるかもしれない…… …………そんな予感………… ………… あの時と同じように、自然に脚が跳ねる。 震える心と熱い身体が、眞一郎を求めて前に進む。 あの時は出なかった叫びが喉を震わせ、眞一郎の名を呼ぶ。 …… 気がつくと比呂美は、自分の名を呼ぶ絶叫に吸い寄せられるように、眞一郎に向かって全力で疾走していた。 「比呂美ッ! 俺の… !!!!」 角を曲がって告白を始めようとしたところで、眞一郎の首元に衝撃が襲い掛かった。 声帯が漏らした「ぐぇっ」という呻きと、顎に感じる柔らかな二の腕の感触。 もう味わうことはないと思っていたそれは、間違いなく、あの《比呂美ラリアート》の痛撃だった。 あぁ……比呂美はまた《やってしまった》んだな、と脳内で理解しながら、 眞一郎は比呂美のしなやかな肢体を傷つけないように、仰向けに倒れてクッションの役目を買って出る。 背中にかなり強い痛みを感じはしたが、比呂美が怪我をすることに比べたら、こんなものは何でもなかった。 「ご、ごめん! 私、また……」 下敷きになった眞一郎を気遣ったのか、覗き込んでくる比呂美の顔は、目尻が潤み、ちょっとだけ歪んでいた。 「はは。 お前、まだ乗っかり足りないのか?」 比呂美のドジっぷりを、先ほどのセックスと引っ掛けてからかい、眞一郎は彼女の弱気を吹き飛ばす。 ……そして…… 「!!」 倒れた体勢のまま、やや強引に奪われる、比呂美の瑞々しい唇。 憂いから怒りに変わっていた表情は、瞬く間にとろりと溶け崩れ、キスが終わる頃には完全に呆けていた。 ………… 「……恥ずかしいって……さっき言ってたのに……」 「ん? そんなこと言ってないぞ?」 とぼけて見せる眞一郎の優しさに、比呂美の気分は、場所を忘れて甘いものになってしまう。 「また伝説が広まっちゃうね」 小声でそう囁きながら、比呂美は再び顔と顔を接近させると、啄ばむようなキスの雨を眞一郎に降らせた。 そんな比呂美の仕草に、「別にいいさ」と返し、眞一郎は擦り寄ってくる美肉を抱き締めに掛かる。 「……眞一郎くん……」 「いいだろ? もう少しだけ。誰かが通りかかるまで……な?」 そんな風に求められては、比呂美にはもう「うん」と頷くしか選択肢は残されていなかった。 ヤケクソ気味に乳房を押し付け、首筋に顔を埋めながら「好き」と呟いてやる。 (あぁ、どうしよう。またしたくなってきちゃった) アパートに戻ってもう一回、と比呂美が《お願い》を口にしかけた時だった。 「天下の往来で何やってんの? あんたたち」 「「 ッ!!!! 」」 聞き覚えのある声に反応し、絡まっていた眞一郎と比呂美の身体が弾け飛ぶ。 大きく見開かれた二人の瞳に映ったのは、 ニヤニヤと緩んだ表情でこちらを見下ろしてくる、安藤愛子と野伏三代吉の姿だった。 「愛ちゃん! 三代吉! …お、お前らっ、い…いつからっ」 声を震わせる眞一郎に向かって、三代吉はニヤけた顔のまま答える。 「あぁ、最初の方からバッチリ見物させてもらったぜ。 そうそう、ムービーも録っといたから」 凄ぇモンが録れたぜ、と楽しそうに言いながら、三代吉が携帯のカメラレンズを二人に向ける。 ……すると…… 「……い…………イヤああああああああああああ!!!!!」 火山噴火のごとき轟音を発しながら、比呂美は眞一郎を突き飛ばして立ち上がった。 そして赤ペンキを被ったような顔を両手で覆うと、訳の分からない奇声を上げながら、 眞一郎が下りてきた坂道を、全速力で駆け上がって行く。 ………… ………… 「「「…………」」」 呆然とする三人が正気に戻ったのは、比呂美の姿が完全に消え去った後だった。 (は、速っ! ……やっぱ比呂美って凄ぇ~) 内心でそう呟きながら、ゆっくりと立ち上がった眞一郎の背中が、愛子の平手で叩かれる。 「なにボーっとしてんの。 早く追いかけなさい」 「お、おう。 ……って!誰のせいだよっ!!」 お前ら覚えてろ!と捨て台詞を残しつつ、眞一郎は比呂美の後を追って駆け出した。 愛子と三代吉の笑い声を、背中にたっぷりと受けとめながら…… なお、この騒動のあと暫くの間、 湯浅比呂美は『今川焼き・あいちゃん』に顔を出すことはなかったらしい。 [めでたし]
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true tears 作品情報 公式HP http //www.lacryma.info/truetears/index.html アニメ版公式HP http //www.truetears.jp/ 6枚 アニメ版 石動乃絵 湯浅比呂美 安藤愛子 石動純 眞一郎の母(仲上しをり) あさみ
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膝立ちの姿勢になって、股間をティッシュで押さえている比呂美を、眞一郎は黙って見ていた。 声を出したくない、と言う方が正確かもしれない。 呼吸はかなり落ち着いてきたが、内在する精力を全て吐き出した疲労感は、予想以上に凄まじかった。 頭もフワフワしている感じで何も考えられず、ただ脱力したまま、目の前の比呂美を見ることしか出来ない。 そんな眞一郎の様子に気づいた比呂美は、クスッと悪戯な笑みを浮かべた。 腹筋に力を込めた比呂美の鼻腔から、「んっ」という声が漏れ出す。 膣の奥深くまで打ち込んだ自分の精を搾り出しているのだな、ということだけは、朧気に理解できた。 「……見て…………凄いよ……」 上目遣いにこちらを見つめ、比呂美は精液を受け止め終わったティッシュを差し出してくる。 畳まれた紙の中央に溜まる、盛り付けられたヨーグルトのような……純白ではない濁ったモノ。 固体なのか液体なのか分からない白濁に混じる、僅かな赤い線と青い臭気…… 「………………」 無言のまま表情を変えず、二人が交わった証拠に眼を凝らす。 比呂美の純潔を散らし、心も身体も結ばれたのだという実感が、眞一郎の胸を貫き、そして熱くした。 ……だが、一瞬の反応の遅れが、比呂美に無用な誤解をさせてしまう。 「そんな心配そうな顔しないで……」 その言葉が電気ショックのように、眞一郎の精神を覚醒させた。 決して『妊娠』のことを忘れていた訳ではないが、今、考えていたのは別のことだ。 しかし比呂美は、眞一郎の気持ちを読み違えたまま言葉を紡ぐ。 「…………大丈夫よ。……もしもの事があっても、仲上の家や眞一郎くんに迷惑は掛けないから」 …………私が望んだことだから、その時はひとりで何とかする………… 視線を横に逃がしながら比呂美が続けた言葉に、眞一郎は刹那、怒りを覚えた。 ……『その程度の男』と思われている、という苛立ち…… だが、比呂美をそんな考えに追い込んでいるのは、自分自身の不甲斐なさだと、すぐに思い至る。 (……確かに…そうかもしれない…… けどっ!!) 今の自分に『力』が無いのは分かっている。 でも……もう比呂美と心がすれ違うのは御免だと眞一郎は思った。 資格があろうが無かろうが、偽りのない気持ちだけは……ぶつけ合わなければ。 とっくに定まっていた決意が、口より早く、眞一郎の腕を動かした。 穏やかだった眞一郎の表情が急に不機嫌になり、右手が精液を受け止めたティッシュを比呂美から取り上げた。 眞一郎は手早くそれを丸めると、階下へと捨ててしまう。 突如、甘い雰囲気が霧散してしまった空気を感じ取り、「なに?」と訊きかえす比呂美に、眞一郎は言った。 「お前、何を言っても俺は怒らないって思ってるだろ?」 「え!?」 自分は眞一郎の癇に障る何かを口にしただろうか? 迷惑は掛けない、と言っただけなのに…… どう返したらよいか分からずオロオロしている比呂美を、眞一郎の腕は問答無用でギュッと抱きしめた。 「!!」 そして形の整った耳朶に口付ける近さで囁く。 「……迷惑掛けないとか、ひとりでとか…………今度言ったら許さないからなっ!」 「…………眞一郎くん……」 背中に食い込んでくる眞一郎の力強さを実感しながら、比呂美は自分の愚かさを思い知った。 また自分の悪い癖が出てしまった…… もうそんな気遣いは必要無いのに…… 左右の瞳から、また……熱い雫が零れ落ちてしまう………… ………… 比呂美が愚図り始めたことに気づき、眞一郎の指がまた、濡れた目尻を優しく撫でる。 「……もう……拭うだけじゃなくて…………たまには……泣かせない努力もして……」 そう言って眞一郎をなじる比呂美の顔は、涙に濡れながらも美しく輝いていた。 「くしゅんっ」 それぞれに陰部の始末をしている途中で、眞一郎は軽いくしゃみを発して鼻をすすった。 どうやら、全身に薄っすらと塗られた汗が体温を奪ったらしい。 「シャワー浴びる?」 「いや、家に帰ってから風呂入るし…」 そこまで言いかけて、眞一郎はハッと口をつぐんだ。 そうなのだ。眞一郎はこの部屋に泊まらない。……朝まで共にいることは出来ない。 ………… 「少し冷えちゃったね。……私も…なんか寒い」 比呂美はそう言うと、足元に畳んでおいた毛布を引っ張り、二人の身体を包んだ。 残された僅かな時間……もう少し、眞一郎の存在を感じていたいと思う。 身体全体で圧すようにして眞一郎を横たえ、比呂美はその肩に顔を預けた。 「……暖かい」 そう呟いて眼を細めると、眞一郎は比呂美の想いを察したのか、無言のまま、胸に添えた手を握ってくれた。 ………… ………… 眞一郎の太くはない上腕を枕にして見る天井は、不思議な景色に見える。 毎日見ている物なのに、何故かそれが、こことは違う『別の世界』を映している気が、比呂美にはした。 …………眼前に拡がる蒼い世界……そこに眞一郎と二人で浮かんでいるような錯覚………… 神秘的な想像に身を委ねているうちに、比呂美の思惟にふと、父と母のことが浮かんできた。 (お父さんとお母さん……どうしてるかな……) 逝ってしまった両親のいる世界は、こんな所なのではないか、と理由も無く思う。 娘の自分から見ても、とても仲の良い夫婦だったから、きっと向こうでも寄り添って離れないことだろう。 そしていつか、生まれ変わって『こっち』に帰ってきても、互いを必ず見つけるに違いない。 …………そんな二人だったのに………… 『おばさん』の誤解を真に受けたとはいえ、母を信じられなかった自分を愚かだったと、今更だが思う。 そんなこと…あるわけが無かったのだ…… 『おばさん』の言うとおり、あるわけが…… (ゴメンなさい、お母さん。 ……でもね……今なら……) 心から母を信じられる。理解することができる。……同じ『女』として………… ……自分も命懸けで愛せる相手とめぐりあい、そして固く結ばれたから…… ………… ………… 「なに…考えてる?」 反射する蒼を見つめながら、眞一郎が短い沈黙を破った。 「いろいろ。眞一郎くんは?」 「う~ん……やっぱ泊まっていこうかなぁ……なんて…」 と言って頬を寄せてくる眞一郎を、比呂美は「ダメに決まってるでしょ」と優しく嗜める。 ハハハと笑いながら「だよな」と返してくる眞一郎の横顔には、比呂美を安心させる不思議な力があった。 本当はずっと……朝まで眺めていたいけれど、それはまた今度にしようと思う。 楽しみを後に取っておくのも悪くない、などと比呂美が考えていると、緩んでいた眞一郎の表情が突然変わった。 「! ……なに?」 急に真剣な顔を向けてくる眞一郎に驚き、比呂美は瞼をパチパチとしばたたかせる。 「大事なこと…言い忘れてた」 「??」 枕として貸し出されていた腕の筋肉が蠢き、下腕が比呂美の肩を強く引き寄せた。 そして……瞳孔の更に奥……心の底に焦点を合わせて、眞一郎は告げる。 「ただいま、比呂美」 「!」 ………… ……まったく……この人は……『湯浅比呂美』を泣かせる天才だ………… またしても熱くなった涙腺に「堪えろ」と命じながら、比呂美はそんなことを思った。 「……お帰り、眞一郎くん」 ギリギリで踏み止まった涙を蓄えたまま、自分が眞一郎の『帰るべき場所』であることを、抱き合うことで確認する。 ………… ………… 毛布に包まりながら一言も喋らず、眞一郎と比呂美は、互いの体温で相手を温め合う。 …………その夜、二人が寝所の中で交わした会話は、その短い挨拶が最後になった。 つづく ある日の比呂美14
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【はじめに】 冒頭部分は流石堂の流ひょうご様作の同人誌「おもいはココで」から、イメージを 頂戴しております。「おもいはココで」を未読の方におかれましては、 是非とも一読をお勧めする次第です。 比呂美さんの独り言 「えっ?! ぁぅ」 気づいたときには、既に遅くて。 「何ぃかなぁ、比呂美。 その指輪はぁ?」 しかも、見つけた主は朋与――私の親友、黒部朋与、で。 「えっと、その、ね。 えっと」 こんなときになのに私の頭の中は、昨日のお祭りのことで一杯で。 眞一郎くん――私の大切な彼氏、仲上眞一郎くん、に買って貰った、それはペアリング。 その眞一郎くんが、迷うことなく私の左手の薬指にしてくれた、指輪。 「ふ・ふぅん。 …あ、婚約指輪だったりして」 しどろもどろになる私に、ニンマリ顔の朋与が追い打ちをかける。 「へぇ、そうなの? わぁ、良いなぁ」 あさみが、キラキラと目を輝かせて羨ましがってくれて。 いや、それはそれで嬉しいことなのかも知れないけれど。 「何でも、ないの。 えっとね……」 結局、経緯を説明するのに5分を掛けてしまった私が、そこにいた。 「ま、仲上君にしては上出来よね」 朋与は、私の“経緯説明”を聞き終えると、 うんうんと頷きながらそう結論づけた。 “上出来” 確かに。 昨日の眞一郎くんの行動は、私の中では特別に心に残った。 あの眞一郎くんが、私に気を配って、ペアリングを買ってくれるなんて。 あっ、勿論「あの」と言ってしまうのには、それなりの理由が、ある。 ……実は眞一郎くんは、自分の着るものなどは、 ほとんどおばさんが選んでタンスにしまってあるものだけを着る、そんな人だ。 そんなアクセサリーはおろか、衣料関係にほぼ無頓着な眞一郎くんが、 彼自身の分も含めて、指輪を買ってきてくれた。 ――凄く、嬉しい。 言葉ではその一言なのだけれど、 それ以上の感情が私の中に蓄積されていく。 ずっと、ずっと願ってきたことが、次々と実現していく。 眞一郎くんの隣は、私にとって日の当たる明るい場所……。 彼は笑顔で私の手を引いて、そんな明るい場所へ私を連れて行ってくれている。 勿論、手を引かれているだけでは、あの頃の私と変わらないから、 他の誰でもない、湯浅比呂美に私はなりたい。そう思っている。 それは眞一郎くんの傍に、私がいられるためにも。 だから、いろんなことを一生懸命にやっていく。 バスケも、勉強も、仲上の家の手伝いも。 眞一郎くんとのことも。 「でも、たまには手を抜く場所がないと疲れるでしょ」 朋与は、いつもそう言って私を連れ出してくれる。 彼が絵本を仕上げたい日などは、お邪魔しないようにしている。 そんなとき。 察してくれるのか、朋与たちに誘われる。 バスケもキャプテンとしての日々が始まっているから、 みんなとのコミュニケーションも重要なことだと、思う。 そう思っていると、朋与が呟く。 「気使いすぎ、比呂美は」 そう言われ、私は思わず微笑む。 えっと、それはそのままお返しします、朋与さん。 「そうかな? ま、良いじゃない」 うん。ありがとう、朋与。 「良いの良いの。 伊達に親友やってないって」 いつもの朋与の決めぜりふに、私は頭が上がらない。 「河合さんの受け渡し、終わりました」 今日も、仲上の家でお手伝い。 最近では、近所であれば仲上酒造の上得意様に届ける役割も私になってきている。 以前は、おじさんかおばさんが直接行くかしていたのだそうだけれど。 「それは、あれだ。 うちのやつなりに、比呂美に気を遣っているんだろう」 この日もおばさんに上得意様へのお届け物を頼まれ、酒蔵にそれを取りに行ったとき、 おじさんにそう言われた。私は、頬が朱に染まるのを隠せない。 「まあ、嫁修行と言うところかな」 仲上家の親戚の方々には、既に『仲上本家の嫁』として私は認知されている、みたい。 今年のお盆の集まりのときも私の席は去年の、いわゆる仲上の家の同居人、 でしかなかった私の位置とは全く違った席となった。 それは、本家の嫡男である眞一郎くんの隣の席。 これの意味することを、理解できない人たちではない。 「器量の良い子を貰われることになったねぇ、理恵子さん」 「私も、そう思うわよ。 眞一郎ちゃんも決めるときは決めてくれるのね」 「でも、比呂美さんはホントよく働く子だねぇ。助かるねぇ」 勿論、ずっとお勝手方…台所仕事を手伝っていた私にも聞こえるように、 親戚の年配の女性陣は理恵子さん―――眞一郎くんのお母さん、へ話しかけている。 「ありがとうございます。そう言っていただけると」 「いえでも、まだ高校生ですから。二人とも」 「ええ、私も助かっていますから」 準備から片付けまでをこなしつつ、おばさんは始終微笑みながら受け答えをされていて。 …うん、私も頑張らなくちゃ、ね。 「あんまり、無理しないようにね。比呂美ちゃん。 パソコンは見続けると、もっと目を悪くするわよ」 お店のお手伝いで帳簿の整理も、私の仕事。 だいぶ、勘定科目も判ってきていた私にとって、毎日の売り上げを計上して、 試算表を作ることなどはお手の物となっていた。 最近は、目の疲れが著しい、との理由で、 おばさんからパソコン関係の仕事をほとんど私が引き継いではいたのだけれど、 あまり私が根を詰めているように見えるのか、 目に良いとされるブルーベリーのキャンディーの登場と共に、 おばさんにそう言われるようになった。 「高校を卒業したら、眞ちゃんにもバイトして貰って、 ちゃんとしたのはそのときにでもね」 私も、これをしていることが無意識領域に入ってきていたのか、 ついうっかり、データ入力の最中も眞一郎くんから貰った指輪をしていたことが、 最近おばさんにばれてしまった。 でも、おばさんは呆れるでもなく、叱るでもなく。 ――仲上の嫁としても、恥ずかしくないようにならないと。 体育館に響くシューズの音。 「香奈恵っ! もっと周り、見て走るっ」 学校では女バスの部長として指示を出しつつ、後輩たちの動きを見る。 基礎体力をつけて、後半戦でもキレを失わないようにしないと。 「どう、朋与」 「そうね。 もうちょっと読んで動けるとパス通しも良くなるかな」 「うん」 副キャプテンである朋与とも意見を交換し、課題を見直す。 秋季大会も近い。螢川や古城あたりも、奮起してくる。 勿論、負けられない。 「今日はここまで!」 ここで各自にそれぞれ課題を出し、 考えて行動できるように頭になじませてくるように指示する。 動きと読みが連動できれば、冴えも生まれる。 「みんな、クールダウンをしっかりとね。 以上、解散」 「お疲れ様でしたっ」 「で、比呂美はどうすんの?」 そして、更衣室。 片付けや、体育教官室への鍵の返却などで遅くなったから、 朋与と二人だけで着替えている。 「えっ、何が?」 「なにがって、もう。 進路よ、進路!」 そう言えば。 進路希望調査の提出日がまた近づいてきていることに、 今気がついた私は、ちょっと手を止めてしまう。 「……ちなみに“仲上君のお嫁さん”とかは進路じゃないからね、比呂美さん」 にへらっと笑んでいる朋与の顔を見返す私の頬が、 …真っ赤になったのが自分でも判る。 「ふ・ふうん。 ま、基本線は“そこ”でも、進路は別に書いておかなきゃ」 「と、朋与ぉ」 そう怒った振りをしつつ、私は考える。 眞一郎くんのお嫁さん。 私の選択肢…というより、未来の中の一ページに、 その文字がある。 それだけでも、私は心の底から喜びを感じる。 でも。 それだけでは、眞一郎くんにとって、他の誰でもない湯浅比呂美、 ……仲上比呂美にはならない。 「私、加賀大学に行こうと思ってる」 「えっ?」 ふと、漏らした言葉に、朋与が聞き返す。 「へぇ、加賀大かぁ。 そうだよね。比呂美の成績じゃ、加賀大目指せるよねぇ」 お隣の県にある、国立大学法人加賀大学。 北陸三県では、トップレベルの経済学部がある。 仲上酒造の経営に役に立つなら、経営学を学びたい。 会計も経済も。役に立つことを、学びたかった。 「でも、比呂美。 それ、ちゃんと自分の意志ってこと、みんなには伝える努力しないと」 自分の思いを、つい話してしまったけれど、 その思いに、返答をくれたのは親友の朋与だった。 「それって、どういう…」 「結局、比呂美が自分で積極的にそれを選んだことをちゃんと言わないと、 仲上君あたりは、誤解しちゃうじゃないかな、と」 あっ。 そうかも知れない。その可能性について、私は考えたことはなかった。 確かに、経済学を学びたいという気持ちは、 仲上の家を助けたいという気持ちからだけれど、それは私の自発的意志、による。 それでも、眞一郎くんの主観で『私が自分を犠牲にしている』、と思ったら。 「ありがとう、朋与。 ちゃんと、眞一郎くんには説明しなきゃ、ね」 眞一郎くんに誤解されては、駄目だ。 私は強く思う。 「そうそう。 あんたたち、お互いに説明不足してきたでしょ」 ―確かに。 朋与だからそう言ってくれるけれど、 恥ずかしい話、その通りな私たちだったから。 「…だったら、今はそうならないようにしないと、ね」 「うん」 敵わないな、もう。 朋与と私。お互いに、クスッと微笑みあう。 「結構結構。 まあ、私はもうちょっと受かりやすいところ、探すことにするわぁ」 「あっ、うん…」 そっか。朋与は…違う大学を進路にするのかな。 そうなったら、離れてしまうのかな。 「もぉ。寂しそうな声出さないの。 まだ1年以上先の話でしょ」 「そうだね」 大人になるために、急き立てられるように進路を決めなくちゃ行けない。 でも見失っちゃ駄目なものは、見失わない。 それだけは、心に誓う。 夕暮れ時。 眞一郎くんが、私のアパートから帰って行く。 今日はお手伝いがお休みの日だから、一緒に仲上の家に行かないから。 学校からの帰り道は眞一郎くんと一緒だった。 そしてしばらく私のアパートでお話しして、彼は帰っていく。 「また、明日ね」 窓の外から、彼の姿が見えなくなるまで、私は見送る。 カバンの中には、進路指導室から貰ってきた資料が一つ。 『国立大学法人加賀大学 入学案内』 私が行きたい理由は、経済学部が充実していることが第一だけれど、 もう一つが、この麦端から通えないことはない、という点。 始発に乗って、北陸本線の特急“おはようエクスプレス”に乗れば、1時間も掛からない。 金沢市内で下宿を探さなくとも、十分通える。 これは、私にとって十分に魅力的な条件だった。 でも。 「…貴方は、どこへ行くのかな…。 眞一郎くん…」 最近、射水の方にある絵本館に出かけることの多くなった彼。 一瞬身構えたけれど、彼のお目当ては、 館長の東保さんと、芸術を教えていらっしゃる杉岡尚滋先生みたいで。 「眞一郎くん、 杉岡先生のおられる富山総合に、行きたいのかな」 確かにそういう雰囲気を、私は感じている。 富山総合大学の二上キャンパス。麦端からだと、難なく通える距離。 たぶん、そこの芸術文化学部に、入りたいのだろう。 「そうなると…。 眞一郎くんと、違う大学、か」 ロフトの上に上がって、ゴロンと寝転がってみる。 「ふぅ」 思いっきり息を吸うと、そこは眞一郎くんの香りもするけれど、 今は天井を一点に見つめる私だった。 「そっか。経済学か。 でも、比呂美がうちのことを思ってくれるのは嬉しいな」 そして昨日私が悩んでいた場所で、 同じように寝転がりながら、今日は隣に眞一郎くんがいる。 結局ちゃんと話すことにした。進路のことも、私の希望も。 「眞一郎くんは、 行きたいところ、あるの?」 腕枕してくれている彼に、聞いてみる。 「ああ、一応。 今のところは」 苦笑する彼。今のところ、というあたりからいって、 少し気持ちは揺れているのかも知れない。 「……富山総合?」 「ああ。 比呂美は判ってたんだな」 苦笑いの度が増す彼の頬を撫でながら、私は囁く。 「そっか。 でも、――別々だね」 決まったわけでもないけれど、でも、そう思う。 これまで小中高…10年以上、一緒の学校に入って、一緒のクラスだった私たちだけれど、 初めて、別々の学校に入ることになるのかも知れない。 そう思うと、私の心に、少しだけ陰のようなものが差す。 でも。 「別々にはならないよ」 「えっ?」 思わず見つめ返す彼の瞳。 「比呂美と俺は、もう別々にはならない。 だから大学が違おうと、俺は比呂美と別々じゃないから」 誓ったから、とそう彼の瞳が訴えていた。 ああ、そうなんだ。 もう、彼と私の心は離れることなんてない。 だから、彼は言う。 別々にはならない、と。 ……私、バカだ。 「うん。 そうだね。眞一郎くんと一緒だよ」 こんなにギュッとされても不安になる私に、彼はいつまでも抱き留めていてくれる。 離さないでね。 私も、頑張って進むから。歩んでいって見せるから。 眞一郎くんと一緒に、進むから。 彼と一緒に、そう誓い、少し微睡んだ。 「じゃぁ、また明日」 玄関で靴を履く彼。まるで通い婚、とでも言って良いのかな。 「うん。 …眞一郎くん」 「なにっ…んっ」 キスをプレゼントするのは、決して過剰じゃない私の気持ち。 その証拠に、ちゃんと二人の唇にはキスを終えて離れても、唾液の橋が架かるほど。 お互いが求め合っているんだから。 「お、お前なぁ」 帰り際に、帰りづらくなる。と、こぼす彼に微笑みを返す私。 「敵わないな、比呂美には」 苦笑を浮かべつつも、もう一度キス。 今度は、触れるだけ。 そして、閉まる扉。遠ざかる靴音。 窓越しに彼を見送る。 「大好き」 その気持ちも、変わらない。 だから、頑張ろう。これからの毎日も。 頑張ろう。 彼と一緒に、綴る日々を。 さてと。今日も、なに作ろうかな。 私は早速冷蔵庫を開いて、夕飯の支度を始めた。 【後書きという名の言い訳】 今晩は、独り言の人です。 前々回の「眞一郎の独り言」の、今度は比呂美さん版と言いますか。 まあ、進路問題は高校生である彼らにとって、大きな問題です。 眞一郎には、絵本館の人脈を有効に活用した進路を期待しますが、 比呂美さんは、やっぱり大学進学で経営を学びたがろうな、と思います。 そのあたりも踏まえつつ今回のお話となりました。 またもこんなのでも宜しければ、またお付き合い下さいませ。 ここまで、読んでいただきまして本当にありがとうございました。 前述の通り、冒頭部分は流石堂の流ひょうご様作の同人誌「おもいはココで」から、 イメージを頂戴しております。 本件に付き、流ひょうご様よりお許しを頂戴いたしました。この場を借りまして、改めて御礼申し上げます。 繰り返しではありますが、未読の方におかれましては、是非とも一読をお勧めする次第です。
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魔法少女リリカルなのはStrikerS 本戦出場キャラ一覧(対戦表) キャラ名 担当声優 本戦組 日付 一回戦対戦相手その1 一回戦対戦相手その2 フェイト・T・ハラオウン 水樹奈々 A06組 8月19日 園崎魅音@ひぐらし 桂言葉@スクールデイズ ギンガ・ナカジマ 木川絵理子 A04組 8月21日 杏本詩歌@ムシウタ 田端ゆい@H2O ヴィヴィオ 水橋かおり B12組 8月25日 涼宮ハルヒ@らきすた 吉野@みなみけ ヴィータ 真田アサミ C01組 8月27日 夏みかん@ぽてまよ 穂波@レンタルマギカ リインフォースII ゆかな D05組 8月31日 泉こなた@らきすた 園宮可憐@スカガ ティアナ・ランスター 中原麻衣 D08組 9月3日 委員長@瀬戸嫁 吉田一美@シャナ 高町なのは 田村ゆかり E05組 9月4日 湯浅比呂美@truetears シグナム@なのは シグナム 清水香里 E05組 9月4日 高町なのは@なのは 湯浅比呂美@truetears キャロ・ル・ルシエ 高橋美佳子 E06組 9月5日 仙童紫@ロザパン 月島きらり@きらレボ 八神はやて 植田佳奈 F10組 9月10日 初音ミク@絶望先生 四方茉莉@sola スバル・ナカジマ 斎藤千和 G02組 9月14日 高良ゆかり@らきすた アーニャ@ギアス シャマル 柚木涼香 G11組 9月15日 花菱美希@ハヤテ 石月真名@sola 本戦出場キャラ一覧(データ) キャラ名 担当声優 一次予選 票数 被得票率 二次予選 票数 被得票率 本戦組 日付 フェイト・T・ハラオウン 水樹奈々 03組1位 640票 47.2% A06組 8月19日 ギンガ・ナカジマ 木川絵理子 13組6位 354票 25.0% A04組 8月21日 ヴィヴィオ 水橋かおり 08組4位 428票 30.1% B12組 8月25日 ヴィータ 真田アサミ 12組4位 611票 37.3% C01組 8月27日 リインフォースII ゆかな 09組3位 581票 38.7% D05組 8月31日 ティアナ・ランスター 中原麻衣 01組4位 383票 34.8% D08組 9月3日 高町なのは 田村ゆかり 01組3位 457票 41.5% E05組 9月4日 シグナム 清水香里 17組7位 428票 27.2% E05組 9月4日 キャロ・ル・ルシエ 高橋美佳子 09組5位 438票 29.2% E06組 9月5日 八神はやて 植田佳奈 02組2位 499票 38.5% F10組 9月10日 スバル・ナカジマ 斎藤千和 05組7位 447票 30.4% G02組 9月14日 シャマル 柚木涼香 09組8位 335票 22.3% G11組 9月15日
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前:ある日の比呂美11 (激しく動くのはマズい…) 陰茎を大きく出し挿れするのも駄目だ、と眞一郎は頭の中で、自らに禁止事項を課す。 まずは比呂美の苦痛を、これ以上拡げないこと。 そのためには、裂傷を擦らないように深くペニスを沈めたまま、小刻みに動かして刺激するしかない。 しかも、痛みを抑えるだけでは不十分なのだ。……比呂美を……少しでも気持ち良くしてやらねばならない…… (これで比呂美が『良く』なるかは……分からないけど) 正直、自信は無いが迷ってもいられない。出来ることをしなければ。 なによりも、比呂美がそれを望んでいる。 ………… ゆっくりと、そして慎重に、眞一郎は陰茎の位置をずらし始めた。 体重を掛けて、比呂美の恥骨の硬さを感じられるくらいに、局部を密着させる。 埋め込んでいる分身の先で、意識的に子宮を一段深く圧してやると、比呂美は「んぁ」という甘い息を吐き出した。 (……奥……か?) 試しにもう一度、鈴口で子宮口に熱いキスをする。 すると比呂美はまた、感じた圧力に比例した容積の吐息を、鼻腔から漏らした。 「奥……いいのか?」 視覚を閉じていた比呂美は、どうやら膣奥に意識を向けて、胎内の様子を想像していたらしい。 軽く握った手で口元を隠しながら、黙って頷くことで、眞一郎の質問を肯定する。 その所作……垣間見せる『恥じらい』が、また眞一郎の心臓を高鳴らせた。 (よし……今度は……) 結合部をスライドさせないように注意しつつ、連続して子宮の入口をノックしてみる。 弱く、弱く、強く。弱く、弱く、強く。 本能が知らせる一定のリズムを膣内に刻みながら、眞一郎は比呂美の反応を探った。 「んっ、んっ、んっ………はうっ……はぁん……あぁぁん……」 処女膜を裂かれた痛みが簡単に治まるわけはない。苦痛はまだ続いている筈だった。 それなのに、比呂美の声は徐々に耐えるような呻きから、沸き起こる快楽を噴出させるものへと変化しつつある。 (ここを攻め続ければ……なんとか……) 痛みが消せないなら、それを忘れられるくらいの快楽を与えてやりたい。 二人の大切な『初夜』だ。苦しいだけの思い出にはさせたくない…… そう眞一郎は思った。 ………… 「……はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」 運動らしい運動などしていないのに、眞一郎の呼吸は時間を追うごとに荒くなっていく。 精神的な緊張が原因かと思ったが、直接的な要因は別にあった。 「うッッ」 細かなジャブを打ち込まれていた比呂美の膣が、無意識に強烈なカウンターパンチを見舞ってくるのだ。 脳の命令を待つことなく、バスケで鍛えられた筋肉を使って、眞一郎を上下から挟み込んでくる膣肉。 (や、ヤバい……) 瞬時に、眞一郎は射精の瀬戸際まで追い込まれてしまった。 前立腺の反応を何とか押さえ込むため、陰茎を膣の最深部で固定し、放出欲をやり過ごす。 ピストンの中断に、比呂美が「眞…一郎くん?」と呼びかけてくるが、それに答える余裕は無かった。 (まだ終わるわけにはいかない…… 比呂美を『良く』してからだ…… そして……比呂美と一緒に……) 初めての交わりで、同時に達するなんて不可能かもしれない……それは分かっている。 大体、自分の拙い技術で、比呂美を頂に導けるかどうかは怪しいものだ。 だが、それでも諦める事はしたくない。今は駄目でも、それは必ず次に繋がる。 そして……その気持ちは比呂美に届く…必ず届くはずだと思えた。 ………… 「苦しそう……大丈夫?」 前後運動を止めてしまった眞一郎に、気遣いをみせる比呂美。 自分の痛みや苦しみを二の次にして、髪の毛を撫でてくれるその優しさに、眞一郎の胸は熱くなった。 「その……締め付けがキツくてさ。……気持ち良すぎるっていうか……」 視線を泳がせながら告げると、比呂美は少し困ったような顔を見せたが、褒められた嬉しさは隠し切れないようだった。 「もっと動いていいよ。……だんだん…良くなってきたから」 「ホントに?無理してないか?」 と訊いてみると、比呂美は「うん」と頷いて、自分から腰を擦り付けるようにしてきた。 「…………ねぇ…して……」 そう言って口元を緩ませる比呂美の表情には、何か妖艶なものが混じり始めていると、眞一郎には思えた。 (試合のときみたい……) 挿入のストロークを大きく取り始めた眞一郎を見上げながら、比呂美はそんな事を考えていた。 練習で負った怪我や筋肉痛が、試合になると途端に気にならなくなる事がある。 集中力と興奮……それが醸成する高揚感が、到達地点以外を見えなくする……あの感覚…… 乙女を失った痛みは消えていないはずなのに、意識がそれを感知しなくなっている。 「はぁ、はぁ、…し、眞一郎くんっ……はぁ……はあぁん!」 徐々に勢いを増してくる、眞一郎の抽挿運動。 粘液をまとった亀頭が子宮口に口付けるたびに、額の奥が熱を帯び、快感以外のことが考えられなくなる。 肌を接して単純な性器の摩擦運動をしているだけなのに、理性を駆逐してしまう…眞一郎の動き…… (……いいっ…………すごくっ……) 指の振動だけで絶頂に導かれた時から薄々感づいてはいたが、眞一郎には女の急所を見つける能力があるようだ。 促され、がむしゃらに動いているように見えて、その実、そうではない。 的確に、確実に、感じる部分……気持ちいいところを目掛けて、陰茎を送り込んでくる。 ……それも、最適な圧力で…… もちろん、本人に自覚は無いのだろうが、受け手たる比呂美には、眞一郎の『才能』が嫌というほど実感できた。 (眞一郎くん……上手……) ぼんやりと靄がかかり始めた意識の隅で、パートナーを賞賛しながら比呂美はふっと考えた。 もしかして、自分だけが悦楽を享受してはいないだろうかと。 膣の自然な反射で相手に快楽を与えている比呂美には、眞一郎をちゃんと『良く』している自信が持てなかった。 (さっきは『イキそうだった』って言ってくれたけど……) 眞一郎は満足してくれているだろうか…… 自分の身体は、眞一郎を…気持ちよく出来ているだろうか…… ………… 「……眞…一郎くん…… はぁ、はぁ…… き、気持ちいい?」 自然に漏れ出す嬌声の間隙をぬって、比呂美は訊いてみた。 そんなこと答えるまでもない、という顔をしながら、眞一郎はやや強引に唇を奪ってから告げる。 「気持ちいいよ…… はぁ、はぁ、…気を抜いたらすぐ……くっ……い、イッちゃいそうだ……」 ……バスケで鍛えているからなのか、上下からの圧力がたまらない…… そう口にする眞一郎は笑顔だったが、それは普段のさわやかなものでは無かった。 どことなく……『牡』としての悦びが滲み出ているような……そんな表情をしている。 (良かった……私にも…『出来てる』んだ……) 本能を、欲望を剥き出しにしている眞一郎の様子を確認できて、比呂美は安心した。 そして、その眞一郎の顔を鏡にして、比呂美は自分が今している表情を自覚する。 ……自分もきっと、眞一郎と同じ顔をしている…… 悦楽に溺れる…『牝』の顔を…… その確信が、比呂美に偽りの無い欲求を口にさせた。 「眞一郎くん……もっと…もっと激しくして!」 「えっ………大丈夫なのか?」 性欲に踊らされながらも、眞一郎は比呂美を気遣う気持ちを無くしてはいなかった。 これ以上は痛みが増すのではないか、と躊躇いをみせる。 「もう痛くない。ホントだよ。……だから……もっと良く……して……」 今、感じている悦びと、これから与えられる快楽を期待して輝く、比呂美の笑顔。 その微笑みと言葉が、眞一郎のリミッターを外してしまった。 「!! …………ひ、比呂美っ!!」 絶食していた犬が食事を与えられたかのように、穏やかだった眞一郎の性技が荒々しく変貌する。 比呂美の骨が軋むほど、抱きしめる両腕に力が込められ、下半身の動きからは遠慮が消え去った。 更に大きく出没運動を始めたペニスの攻撃に、比呂美の発する悦びの声のトーンが上がる。 「あぁっ、あぁっ、ああんっ!ああぁんッッ!!」 熱い頬をピタリと擦り合わせながら、比呂美、比呂美、と自分の名を呼び、腰を打ち付けてくる眞一郎。 射精という最終目標を目指しながらも、天賦の才なのか、比呂美の『ポイント』を外すことはない。 「眞一郎くんッ!! あぁん!あんっ!……し、眞一郎くんッッ!!!」 比呂美も感じている悦びを、心の内側に秘めることを止めた。 素直に……身体が感じ取るまま…… 比呂美は興奮を全身で表現し始める。 ………… 月光の蒼い照明と、パンパンと鳴り響く、肉と肉の衝突音に満たされていく寝所。 切羽詰って乱れていく互いの呼吸が、儀式の終わりが近いことを、比呂美と眞一郎に知らせていた。 「あんっ!あんっ!あぁんっ!! あんっ!あんっ!あぁんっ!!」 亀頭が叩き込む衝撃に連動して、紅潮を増し、鳴り続ける比呂美の細い喉。 「もう痛くない」と言った比呂美の言葉は、嘘ではなかった。 比呂美は間違いなく本気で感じ始めている…… そう確信する眞一郎。 普段はミントの香りがする口臭も、今は内臓から湧き出してくる動物的なものへと変化していた。 その獣のような臭いが……抑えこんでいた野性を目覚めさせる。 「はぁ、はぁ、…比呂美ッッ!比呂美ッッ!!」 完全に『タガ』が外れた眞一郎の思考は、たった一つのことに支配されていた。 (出すんだッ!……比呂美の…ナカにっ!!………俺の全部をッッ!!!) 比呂美の膣に……胎内に自分の精液を放出する…… そのことの意味は充分に理解している。 だが今は、それが引き起こすかもしれない『事象』のことは考えない。 二人の初めての交わりを……セックスを本当の意味で完結させるには、そうしなければならないと思えるから。 ………… (…クッ……もう…限界だッ……) 尾てい骨の辺りにむず痒い痺れが発し、放出が近づいていることを前立腺が知らせてくる。 だが、眞一郎は比呂美に、『中出し』の了解を取ろうとは考えなかった。 「比呂美っ!……俺、お前のこと守るからッ! ……ずっと…守るからッッ!!」 …………決意と覚悟………… 比呂美と共に在りたいという想いを、眞一郎はその言葉と、これから施す行為に込めようとしていた。 (……来るッ!…………眞一郎くんが!!) 『守る』とだけ叫んで、眞一郎が抱きしめる力を強めた時、比呂美はこの行為の終わりを予感した。 差し込まれ、激しく膣を出入りしているモノが、更に容積と熱を増したように感じられる。 (受け入れるんだ……眞一郎くんの全部をッ!) 比呂美は意識的には操れないことを承知の上で、腹の奥で覚醒を始めた子宮に……その入口に命じた。 (…………開いてッッ!!) あの白くて熱いトロミを、身体の芯まで届かせたい…… その比呂美の念は子壷ではなく、膣筋肉に伝わる。 ペニスを握るように締め付けたあと、ミルクを搾り取るかのごとく、蠕動を始める内壁。 その動きと、「来てぇぇっ!!」と叫ぶ比呂美の声が、眞一郎にとどめを刺した。 「……ウウッッ!!!……ひ、比呂美ィィィっ!!!!」 スピードを上げつつも、規則的に前後していた眞一郎の腰が、全く違うベクトルに跳ね回り、暴れる。 比呂美の下腹部を、内側から破りそうな勢いで突き入れられる陰茎。 それが膣の最深部で固定され、痙攣を始めた直後、比呂美は激しい熱の飛沫が胎内に打ちつけられるのを感じた。 ドピュッ!ドピュッ!ドピュッ!ドピュッ!!ドピュッッ!!! 「あああああああああぁぁぁッッッッ!!!!」 胎奥……子宮の底に直接浴びせられる、眞一郎の熱い命の噴出。 永遠に続くのではないかと錯覚させる射撃に、心と身体の芯を撃ち抜かれ、比呂美の意識は高みへと昇る。 (……眞…一郎ッッ!!!) 胸の奥で愛する男の名を呼び捨て、比呂美は悦楽の階段を駆け上がった。 だが膣に残る僅かな痛覚が『絶頂』を邪魔して、あと一歩のところで、頂上に手が届かない。 最初だから仕方ない。むしろ最初でここまで来れたのだ、と比呂美は前向きに考えた。 白い悦楽の世界へ飛ばされなかったことで、自分と眞一郎の状況がハッキリと把握できると思えばいい。 (……眞一郎…が……) 自分の……湯浅比呂美の『身体』で眞一郎が達している…… その確かな実感。 殺されるのではないか、と思えるほどの両腕の締め付けと、張り付いている肌から伝わる震え。 産道を掘削するように、尚も『奥』を目指して打突を続けるペニス。 …………そして……その先端から噴き上がる……いや、叩きつけられる『命のスープ』………… 先ほど目にした眞一郎の噴射が、今、自分の膣内で行われている………… (……き、気持ち……イイ……) 歳相応に持つ性知識と、体験している感覚が融合し、比呂美の脳に胎内で起きている現象が像を結ぶ。 眞一郎にしがみつきながら、比呂美は思わず、目の前にある華奢な肩に噛み付き、前歯を立てた。 吐き出した精液を奥へ奥へと圧し込もうとしていた陰茎の動きが、段々と緩やかになっていく。 小さな心臓のようだった陰茎の脈動も、再充填された物を出し切ったことで、今は治まりを見せ始めていた。 「…………ッ…はあっ……」 比呂美の肋骨を砕かんばかりの勢いだった腕から力が抜けると、眞一郎は大きく息をついた。 全身の筋肉が弛緩し、そのまま比呂美の身体を押し潰すように体勢を崩す。 「んふ……」 眞一郎の身体が位置を変えたことで、噛み付いていた口が肩から外れ、比呂美もまた、息を吐き出した。 二人のハァ、ハァ、という荒い呼吸音だけが、ロフトを満たしていく。 ………… ………… 「ごめん…… 私、変な癖…あるかも……」 先に口を開いたのは比呂美の方だった。 顎のすぐ下に接している眞一郎の肩。そこには自分の歯型がしっかりと刻みつけられている。 再び肘で自分を支え、比呂美を圧迫から解放した眞一郎は、その事には答えなかった。 「……比呂美……」 肩の代わりに、両目の焦点位置に現れる眞一郎の顔。 満足そうな…… それでいて温かな…… 『湯浅比呂美』の芯をキュンとさせる眞一郎の笑顔…… 比呂美は自分の表情筋が緩んでいくのを自覚しながら、同じ様に「……眞一郎くん……」と呼び返した。 それを合図に舞い降りてくる唇。 示し合わせたかのように、二人でチュッチュと淫靡な音を立て、互いの舌をついばみ合う。 (…………最高……) 頭の中で反芻される射精の瞬間…… 眞一郎の男らしさに蹂躙される悦び。 そして今、下腹部に感じる、自分の物ではない熱と粘り。 (…………いっぱい……出た……) 自分を少女から女へ、もしかすると『母』へと変えてしまうかもしれない物質が、胎内を白く染めている。 本能が漠然とした警報を発してはいたが、比呂美の心は微塵も恐怖を感じ取らなかった。 (………幸せだ……幸せ…………) 眞一郎の愛が注ぎ込まれた…… その想いと充足感だけが、比呂美の全身を満たしていた。 ………… ………… 「抜くぞ」 密着させていた肌を少し離して、眞一郎がゆっくりと腰を引いていく。 白く濁った二人の愛のカクテルを道連れにしながら、半分ほど引き抜かれるペニス。 「あ、ちょっと待って」 「?」 比呂美は頭上を探って、隅に追いやっていたティッシュの箱に手を伸ばし、手早く中身を三枚ほどを取り出した。 「はい、眞一郎くんの分」 「あ……あぁ」 呆気に取られる眞一郎の手にティッシュを握らせると、続けて自分の分を用意する。 凄い量だから抜いたら零れちゃう、と言って微笑むと、眞一郎は恥ずかしそうに視線を逸らしてしまった。 こういう可愛いところも好き……などと思いながら、結合部に紙をあてがう。 「いいよ」と告げると、眞一郎は分身の残りをヌルリと引き抜いた。 (……あん…) …………繋がった……ひとつになった存在が…………自分から離れていく………… 寂しさが胸の奥をチクリと刺したが、もうそれが不安に変化することはないのも分かっていた。 ふっと息をついて感傷を消し去ってから、眞一郎が去った空間を追うように、腹筋に力を入れて身体を起こす。 その時、比呂美の予想よりも早く、注がれていた精液が漏れ出す感覚が襲ってきて彼女をハッとさせた。 熱く、粘りのある液体の息吹を膣口に感じ、比呂美は思わず「あっ」と声を漏らす。 口を閉じかけていた膣から、ゴポッと下品な音を立てて飛び出してくる白いゲル状の塊。 体勢を変えたことと、内臓に圧力が加わったことが引き金になり、胎内に蓄えられた精液が押し出されたらしい。 手を素早くスライドさせ、会陰部でそれを受け止めると、ティッシュで噴出口を押さえ込む。 逆流するのは想定の範囲内だったが、自分の子宮はもっと『眞一郎』を吸い込んでいると、比呂美は思っていた。 (……全部……呑み込みたいのに……) 難しい願いであることは承知している。 ……でも…… ジワジワとティッシュをすり抜けて、湿気と熱を手の平に伝えてくる眞一郎の白濁。 その中を泳ぐ眞一郎の命に思いを馳せ、比呂美はまた心の中で(ゴメンね)と呟いた。 つづく ある日の比呂美13
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【こういうの似合わないと思ってたのに】 比呂美のバイト その12 麦端神社の鳥居をくぐった女子高生が、参道に居た巫女に手を振った。 「お、居た居た。比呂美ィ~」 小走りに近寄ってきたのは、朋与だ。 その後ろにはさらに二人。三代吉と愛子。こちらは肩を並べ、ゆっくりと歩 いてくる。 参道の上、袴姿で雪かきをしていた比呂美が振り返る。昨晩少しだけ降った 雪が、境内を白く染めていた。 「朋与」 親友の顔を見て、比呂美の顔が少しだけほころぶ。巫女装束を身にまとう姿 を知り合いに見られるのは、ちょっと気恥ずかしかった。 「ほんとにやってたんだ、巫女さんのコスプレ」 朋与がおどけて言った。 「コスプレじゃないったら」 「でも、さすがバスケ部のエース。雪かきする姿が決まってる」 「掃除にバスケは関係ないでしょ」 笑って、比呂美は話しながら雪かきを再開する。 平日の午後。来客などはほとんどないから、度を越えなければ立ち話の黙認 はされるだろう。それでもずっとやり続けるというわけにはいかない。 「いや~、巫女さんってスタイルが良いとやっぱりいいよねー。あんたを見に お客さん増えるかも」 「ないない」 朋与はいつになくはしゃいでいた。 友達のコスプレ(?)姿を見て、気分が盛り上がってしまっているらしい。 それが比呂美には少しおかしい。 「でもさ、これぐらい巫女さんのカッコが似合うコって、実際珍しいよ。はや りのオタクとかカメラ小僧なんかが来るかもよ?」 両手の人さし指と親指でフレームを作って、覗き込んで来る。カシャッカシ ャッと口で言って、比呂美をからかった。 「それはちょっとイヤかも…」 比呂美は苦笑した。 三代吉と愛子が追いついてきた。 「比呂美ちゃん、ホント似合う~」 愛子もやはり目を輝かせている。さすがにこう褒められるとむずかゆく感じ てしまう比呂美だった。 「どーも。眞一郎は?」 三代吉は、まずそれを聞いてきた。 比呂美が境内の隅を指さして答える。眞一郎はより面倒な所で雪と格闘して いた。力仕事・雑用要員だけのことはある。 三代吉と愛子は礼を言い、背中を向けてそちらに向かっていった。 (いいな…) 隣同士で歩くその姿が、比呂美にはとても好ましく思えた。眞一郎にもう少 しだけ積極性があれば良いのだが、オクテな彼は、なかなかそのあたりが面倒 なのだった。 「お仕事ごくろー、青少年」 懸命にシャベルで雪かきをする眞一郎の後ろ姿に、三代吉が声をかけた。 眞一郎が振り返る。 「三代吉、愛ちゃん」 「お疲れさま。ほんとに働いてたんだ。こういうの似合わないと思ってたのに」 愛子がねぎらい半分、冷やかし半分の声をかけた。 眞一郎はちょっとテレて、またシャベルを雪に突き刺す。 「しっかしお前、よりによってよくここで働く気になったな。麦端祭りの舞台 で踊った場所じゃねーか。花形が雑用かよ」 三代吉は呆れたように言ってくる。 「おかげで採用してもらえたんだから、文句は言わないよ」 笑う眞一郎だった。実際の所、自分が花形をやってここで踊った事、実家の 奉納等の関係がなければ、とても採用はされていない。 「それに俺は、比呂美のおまけだ」 「あー、なんかわかる。比呂美ちゃんが、一緒に雇ってくれって言ったんじゃ ない?」 愛子が面白そうに言った。 「そんな感じ。けっこういい加減なもんだよ、この神社」 なにせバイトの募集があったのは女性の巫女だけで、男性バイトの募集はな かったのだから。比呂美の容姿と仲上の名前が何より効いただけである。 「なんだ、縁故採用の上におまけかよ」 「悪かったな」 だが眞一郎は、言葉で言うほど嫌々仕事をやっているようではなさそうだっ た。それなりに割り切って体を動かしている。働く者としての芯が、僅かなが らも出てきていた。 (ちょっと前まで甘いボンボンだったのにねぇ…) 愛子は、爪の先ほどの痛みと共に、眞一郎の成長を喜んでいた。ごく僅かな 痛みが消えるまでには、あと少しだけかかる。だが、それはいずれ消える。消 してみせる。 その自信はあった。なぜなら、横にもっと大事にすると決めた男がいるから。 いじり、いじられながら、3人はそれぞれに笑顔を浮かべていた。 「ナンパとかされたりするんじゃない? あんたの旦那、頼りないからねえ。 ちゃんと守ってくれるかなー」 朋与が冷やかし半分で心配の言葉をかけた。 「旦那って、そんなのじゃ…」 反射的に否定してしまう比呂美である。今までの癖はなかなか消えないよう だった。 現実の話としては、この一週間ほどのバイトで比呂美は2度ほどナンパめい た目にあい、職員のフォローが入っていた。眞一郎は間が悪く、そこに居合わ せてはいなかった。 心配させるのがイヤで、眞一郎にその話はしていない。 それと…、眞一郎がそういう事に対応できるかどうか、少し自信もなかった。 基本的に、彼は争いに向かないのだ。 「あら、違うの? 仲上君かわいそ~」 朋与は意地悪モードで、ニヤっとした笑いを浮かべた。 「違わない…かも」 僅かに頬を染め、比呂美は照れ隠しで参道の雪に当たる。 「お、やっと素直になった。前はいつも、そんなのじゃないって否定してたも んね」 比呂美が眞一郎との交際を朋与に対して認めたのは、実はこれが初だった。 「朋与、いじめっこみたい」 「いえいえ、彼氏がいなくてひがんでるだけです。…ところで比呂美さん。よ くバイトに受かったね」 朋与の意地悪モードは終わらない。比呂美に『さん』付けで呼びかける時、 朋与は冷やかしたり、からかったりしている。 でも、本当は嬉しくて仕方がないのだ。やっと比呂美が本当の気持ちを自分 に教えてくれたから。そして、それは比呂美自身ももわかっていた。 「うん、たぶん応募が早かったせいだと思う」 比呂美は真面目に答えた。本当は思いっきり縁故頼りなのだが、それは言う 必要のない事だった。 「そういう意味じゃなくてね…」 「ん?」 「巫女さんって処女じゃないとなれないんでしょ? それなのによく採用して くれたねえ」 朋与は比呂美専用の笑顔を見せた。こんなニヤニヤとした笑いは、本当に比 呂美にしか見せられない。男が見たら目の上に斜線でも現れそうな、ある意味 でスペシャルな笑顔だった。 「えっ、あ、私…」 比呂美は思わず雪かきの器具を取り落とし、顔を真っ赤にして、口元を手で 覆った。 「比呂美、可愛い~」 朋与はスペシャルな笑顔のまま、次にどうやって比呂美をいじるかを考えて いた。 本堂を歩く別の巫女を横目で捉え、三代吉が言った。 「しかしまあ、あっちも巫女さん。こっちも巫女さん。いい職場だねえ…」 しみじみと、といった風情である。 「お前そんな趣味あったのか」 呆れたように眞一郎が突っ込む。 「日本人だからな。日本人なら巫女さんに惹かれるのは当然。そこの巫女さん がお経読んでる所、是非見てみたいぜ」 「…お寺と神社の区別、ついてないだろ」 「そんなのどっちでもいいんだよ。だれだっけ、『可愛いは正義』って名言残 した奴がいただろ」 「なんだそれ、ほんとに名言か?」 「お前は赤い袴を履かないのかよ。なんだよその地味な白い袴」 「俺が女装してどうするんだよ!」 もうメチャクチャである。 さすがに愛子が吹き出し、おなかを抱えて笑い出した。 「しっかし湯浅さん似合ってるよな~」 三代吉の目は、雪かきをしながら朋与と話す、比呂美に向いた。 「ああ…」 眞一郎も巫女装束の比呂美を見ていた。目を細めている。それは恋する者の 目だった。 眞一郎の仕事は、バイト仲間である巫女達に比べて、はるかにハードで地味 である。下働きの下働き、という役目だからだ。 それでも彼がそれなりに満足して仕事ができているのは、初めて知る労働の 喜び、というだけではなかった。巫女の姿で楚々として仕事をする比呂美を、 間近で毎日見る事ができるからだったのだ。 「でもよー、ここの巫女さんのうち、何人がちゃんと処女なんだか」 「おい…」 たしなめつつ、眞一郎はちょっと赤面した。巫女姿の比呂美を眺めている時 にそんな事を言われれば、眞一郎としては無理もなかった。 (比呂美を見ながらそんな事言うなよ!) 本当はそう突っ込みたかったが、さすがに無理である。 「なんだその反応。さてはお前らやっぱり…」 言いかけた所で、三代吉の体が前に吹っ飛び、雪だまりに、頭から突っ込ん だ。 「わっ!」 「三代吉!?」 男二人の驚いた声が上がる。 犯人は愛子だった。振り上げた足を地面に戻す。どうやら三代吉を後ろから 蹴り飛ばしたようだ。 「うわ、愛子」 「ちょっとそこになおれ! そのスケベ根性を叩きなおしてやる!」 湯気が立つような、怒りともなんとも見当のつかない、でも凄い迫力の愛子 が、じりじりと三代吉に迫る。 眞一郎はさりげなく数歩下がった。こういうケンカは犬も食わない。巻き込 まれるとひどい目にあう。 「愛子、愛ちゃん、これはお約束の突っ込みってやつで…」 三代吉は尻をついたまま、慌てて手を振る。 「うるさい、この変態! 女の子をそんな目で見るなんて、絶対許さないから ね!」 愛子の剣幕はすごい。眞一郎はまた2歩下がる。 「でもよ。高校生なら、付き合ってりゃ自然に…」 慌てて言い訳し、三代吉はさらに墓穴を掘る。 「ふーん、そうなんだ。あんたもそんな目であたしを見てたんだ」 「見てないってば!」 三代吉は掘った墓穴に飛び込んだようである。 「あたしに魅力がないっていうの!?」 逆上する愛子。 「そんなことないって、ちゃんとそういう目でも見てるから!」 三代吉は墓穴の中でガソリンをかぶったようだ…。 「ほら、やっぱりそうじゃない。このドスケベ!」 悲鳴が上がる。 愛子の言っている事は支離滅裂、もうメチャクチャであったが、次々に自爆 を繰り返した三代吉にも問題があった…。 「眞一郎、助けてくれ」 手近な所から雪を拾って次々に投げつけてくる愛子から逃げ、三代吉は眞一 郎の後ろに隠れる。 眞一郎は愛子の目を見て…三代吉の前から体を退く。今の愛ちゃんにはかな わない。逆らわない方が無難である。 「知るか」 愛子はついに三代吉の襟首を掴んだ。 「じゃあね、眞一郎! ほら三代吉、きりきり歩け!」 そのまま、三代吉を引きずり、鳥居の外、神社の外に二人は消えていった。 (良いなぁ…) 自分達もあれぐらい気軽なやり取りができるようになりたいと願う眞一郎だ った。 神社を出ると、三代吉の襟首をひっつかんでいた手は外され、凄かった愛子 の剣幕は瞬時に消えた。そのまま少し気落ちしたような様子で、彼女はとぼと ぼと無言で歩いている。 「おい…?」 今まで振り回されていた三代吉は、この激変についていけていない。おずお ずと声をかける。 「比呂美ちゃん、綺麗だったね…」 愛子はつぶやいた。 「まあな」 未だ掴みきれていない三代吉は、気のない返事で探るしかなかった。 「ごめんね、三代吉…」 どうも、暴れた事を謝っているようだ。あまりに塩らしくなりすぎた愛子に、 驚く。さっきの大暴れは、もしかして演技か?と舌を巻いていた。 「気にすんなよ。ああいう愛ちゃんもけっこう楽しかったぜ」 「私、魅力ないよね…」 どうやら落ち込んでいるらしい。 (ま、あれじゃしょうがないか) 比呂美の巫女姿は、清純な色気が身を包んでいるようで、周りの空気さえ静 謐に変えてしまう。あまりの魅力に、愛子一筋な三代吉でさえ目をそらすのが 困難だったほどだ。祭りの振り袖も破壊的に似合っていたが、巫女姿もあれほ どとは…。 愛子は同じ女として無心ではいられなかったのだろう。女として生まれた以 上、美への憧れは捨てきる事ができないものだ。 (でもあんなのと比較する方がおかしいんだぜ?) 愛子は可愛い。どこに出しても、誰に見せても自慢できるほど可愛いと、三 代吉は思っている。 それでも"別格"や"例外"というものがある。そんなモノと比較するのは、無 意味なだけじゃなく有害だ。割り切って見て楽しむだけにして、放っておいた ほうが良いのだ。それを教えてやりたいぐらいだった。 「そんな事ねーよ。愛ちゃんは可愛い。ファッションセンスもいいしな。俺が 保証する」 三代吉はあえて演技がかった態度で言った。 「三代吉に保証されても…」 不満っぽく言うが、愛子は少しだけ気分を直しているようだ。 「なあ、手、つないでいいか?」 愛子は三代吉の顔を見上げ、そして視線を落とし、顔を赤くして言った。 「いちいち聞かないでよ、恥ずかしいなあ」 照れる愛子の姿を、三代吉は心から愛おしく思い、その手を取った。 「なあ、ちょっとショッピングセンター寄ってかないか? 愛子に似合う服、 探そうぜ。んで、今度それ着てデート行こうデート」 「あんた金欠なくせに、何いい加減な事言ってんのよ」 文句を言いながら、愛子の機嫌は戻っていた。三代吉の配慮でちょっと涙ぐ みそうになる。それを振り払うように、彼女は元気よく言った。 「ほら、さっさと店に行くよ!」 二人は本当に良いカップルなのだった。 年末年始の神社のバイトで巫女さん、が正解でした。 時期は絶対に、何があろうと12月。そう言った理由がこれでした。 実はこのバイトシリーズ、「比呂美を巫女さんにしてみたい!」だけで始めた ものです。 どうやったら比呂美を巫女さんにできるか、頭をひねった揚げ句に、4番のバ イク代を口実にすればバイトで巫女さんにできる! という…。それだけ(笑) だから最初は過去の清算とか、ママンとの和解とか、どうでも良かったんです。 実際には過去の清算がメインになり、巫女話の方がどうでも良くなってしまい ましたが。 まあ、朋与と三代吉が同じツッコミをしていますが、それもリズム云々の前に どーしても書きたかったので許してください。筆者はエロいので。 以下、補足。 神社のバイトのくせに毎日だったり、夜の8時までやっていたりするのは 比呂美の容姿や物腰が気に入られ、バイト(助勤)の中でのリーダー格として 猛烈に仕込まれているせいです。 だから通常の仕事の後、8時まで巫女としての勉強をしています。 立ち居振る舞いや、案内するため色々のレッスンですね。 比呂美は元々経理ができるので、物品販売とかはあっさりクリアしてしまい他 のバイト巫女のフォロー・まとめ役にされたわけです。 眞一郎は雑務。身分的には(出仕前)という事になるはず。 この時期の初詣を控えた富山の神社なら、雪かきを中心に、荷物運び等、男手 を使う仕事は、探せば色々あるでしょう。でもやっぱり、比呂美のおまけ。 邪魔にはならんし、便利に使えるけど、居なきゃいけないわけでもなく(笑) 残念だったのは、12月末で雪がある事でした。 ほうき持った巫女さん比呂美がやりたかったのになー。 比呂美のバイト その12…の2 『今年は麦端神社にすごく綺麗な巫女がいる』 ウワサが噂を呼び、年末年始の麦端神社は、例年と比べて相当に多い初詣客 でごった返す事になった。 年末年始の厳しさは、二人にとって想像以上で、労働時間は長く、休み時間 は短かった。 本人達は知らぬ事だが、比呂美は客寄せパンダ、眞一郎は寄った客の後始末 として意識的に配置されていたのである。結果として二人は相当なハードワー クをこなす事になった。 仲上の両親は、元旦の朝一番に神社に初詣に出かけた。 神社への挨拶もそこそこに、二人の子供の働いている姿を探して回る。 比呂美はすぐに発見できた。それはもう、捜す必要がないほどよく目立った からである。拝殿の表側、目立つ所に配置され、参拝者が賽銭を入れようと、 参拝しようとすると、必ず比呂美が目に入る。彼女はそこで動き回っていた。 「なんだあれは…」 ヒロシが呆れたようにつぶやいた。 「比呂美ちゃん、美人ですもの」 理恵子がくすっと笑う。 「だからって、なんでバイトの癖に千早まで着てるんだ」 千早とは普通の袴と白衣の上に羽織る、刺繍の入った着物である。神社によ り異るが、この神社では初詣時期であろうと、バイトの巫女に千早を着せる事 はないはずなのに。 「でも、良く似合ってますよ」 理恵子は本当に嬉しそうだ。手持ちのカメラで何枚も比呂美の写真を撮って いる。本当は撮影許可をとるべきだろうが、そこは気付かないフリをしている。 こういう時、女性は強い。 (変わったな…) ヒロシは、何よりも理恵子のこの変化が嬉しかった。理恵子がこれほど喜ぶ のなら、写真館に撮影を頼んでも良いかもしれないと考えはじめてもいた。神 社に衣装を借りて、家族で写真を残しておくのもいいだろう。 「ところで、眞一郎は?」 そこで気付く。息子の姿をまだ見ていない。 「あら? 忘れてました。どこでしょう」 (おい!) ヒロシは内心、突っ込む。あれだけ溺愛していたにしては悲しい扱いだった。 だが、理恵子にとって、もう息子は自分の手を離れている。比呂美に『引き 渡した』後なのだ。下手に干渉すると比呂美の領分を侵してしまう。 もしかして、息子の事は忘れているフリをしているだけかもしれない。そう ヒロシは思った。色々と欠点はあるが、本当に…、本当に良くできた妻なのだ。 理恵子は。 捜してみると、眞一郎は境内の端の方を走り回っていた。ゴミを集めたり、 ダンボールを運んだり、せっせと体を動かしている。その顔は引き締まり、真 剣そのものだった。 (ほう…) これほど真剣に『すべき事』に取り組む眞一郎は、見た事がない。これもま た良い変化だった。 眞一郎の仕事は決して派手でも、カッコ良くもない。そういう仕事を真剣に 手を抜かずする姿勢こそが、何よりも大事なのだ。 ヒロシはそんな息子の姿を、目を細めて見続けていた。 「眞ちゃん、良いわね」 いつのまにか隣に来ていた理恵子が、言った。 「ああ」 ヒロシは満足して答える。 「比呂美ちゃんに任せたのが良かったのね」 理恵子は別のところで満足を覚えているようだった。もしかしたら若干の寂 しさを感じ、自分に言い聞かせているのかもしれない。 だが、もしそうだとしても、理恵子の顔や声に、後悔は微塵もなかった。 「そうだな。…ん?」 言いかけて、口をつぐむ。 眞一郎は手を止め、遠くで働いている比呂美の姿を目で追っている。仕事中 だというのに、比呂美に見とれていた。 「まだまだだな…」 「そうですね…」 ヒロシと理恵子は、そろって溜息をついた。 初詣客の中に、背の高い兄と、少し背の低い妹の二人組がいた。妹は松葉杖 をつき、兄はそれを適度に助けながら、ゆっくり歩いている。 拝殿に賽銭を入れるために近づこうとして、妹――石動乃絵は、そこに居た 巫女に気付き、その名を口にした。 「湯浅比呂美…」 兄はその言葉を聞き、目を向ける。確かに比呂美が巫女の姿で働いていた。 「お兄ちゃん、私、帰る…」 乃絵は賽銭を入れないまま、拝殿に背を向けてしまう。彼女の気持ちが整理 されるまでには、今少しの時間が必要なようだった。 少し遅れて兄が続く。 「こんな所で…?」 石動純はつぶやき、もう一度振り返って、比呂美の姿を目に焼き付けた。 ◇ 元旦から数日が経ち、明後日から新学期という日。 比呂美と眞一郎のバイトは、この日で一応終わりとなる。あとは成人の日と その前日にヘルプに来るだけだ。 麦端神社には朋与がまた遊びに来ていた。客が少なければ、そしてあまりう るさくしなければ、という事で、働きながら比呂美は相手をしていた。 「――でね、比呂美」 その時、比呂美の表情が若干強ばり、自分の後ろの空間に視線を向けた事に、 朋与は気付いた。 振り返ってみると、そこには蛍川の4番が立っていた。 「あんた…」 何かを言いかけた朋与を、4番が遮った。 「席を外してくれないか。俺は湯浅比呂美に用があるんだ」 朋与は比呂美に振り返った。 「ごめん、朋与。ちょっと外して」 自分が居ても何もできない。少し後ずさり、朋与は駆け出した。 (まずい、仲上君を探さなきゃ…) 朋与に連れられ、眞一郎が現場にかけつけた時、比呂美と4番は何かを話し 込んでいる様子だった。 そして眞一郎は、目にした。比呂美が4番と話しながら遠くの空を見て 「かなわないな…」とつぶやいたシーンを。